勇者がやってきた。⑥
2023/11/12 二話目
トリツィアは、笑みを浮かべている。
勇者と模擬戦をすることが心から楽しみだとそう思っていることがその表情から伺える。
(……本当に、何処にでもいる少女にしか見えない。でも見た目では判断できないぐらいに強い。なめてかかったら一瞬で終わる)
勇者がトリツィアと模擬戦をするということで、周りには神殿騎士たちが集まっている。
おかしな下級巫女であるトリツィアと模擬戦を進んでしようとする騎士はいない。だから外からやってきた勇者がオノファノだけではなくトリツィアとも模擬戦をすると知って彼らは驚いている様子である。
中には「トリツィアとは模擬戦をしない方がいい」と忠告する者もいた。だけどそれを聞いても勇者はトリツィアとの模擬戦を行うことを決めた。
トリツィアは勇者へととびかかる。
オノファノのように待ちもしない。勇者との模擬戦を心待ちにしているからこそ、待ちきれないのだろう。
「いっ……!」
勇者はトリツィアに、模擬剣を吹き飛ばされる。
「んー?」
トリツィアは少し不思議そうな顔をしている。簡単に武器を手放すとは思わなかったのだろう。相手が勇者であるからこそ、普通の存在を相手にするよりも少しだけ勢いよく向かった。神に選ばれている勇者と呼ばれる存在ならば、そのぐらいどうにか出来ると思い込んでいたのかもしれない。
(……なんだか、トリツィアはオノファノよりも本能的というか、容赦がない。それでも手加減はしてくれていることは分かるが……)
勇者はいきなりの攻撃に驚く。武器を手放させられたことに固まっていると、トリツィアが声をかける。
「これで終わり?」
「いや、まだだ」
拍子抜けしたように問いかけるトリツィアに、勇者は答える。
(このぐらいで模擬戦もすぐにやめるぐらいなら、勇者として名乗る資格などない。魔王のことがどうにかなっているのだから、俺が勇者として活躍する必要性はない。だって世界は魔王が復活したことさえも把握していない状況なのだから。だけど……俺は折角勇者として選ばれたのだから、その名にふさわしい行動をしたい)
平穏に過ごすことも勇者には選択が出来る。トリツィアの存在があるからこそ、魔王を倒す義務はなくなった。だけれども、神から勇者であるとそう認められたのだから。
――だから、勇者は武器を手に取る。
(……だから、俺はこのまま戦うことをやめるわけにはいかない。ここで立ち止まってしまったら勇者として選ばれた意味などなくなる。トリツィアに勝つことは出来ないだろうけれど、出来るだけやる)
――そう、勇者は決意する。
だから、何度も何度も吹っ飛ばされたりしながら勇者は立ち上がる。
勇者としての力なのか、頑丈であり傷も治りが早いようだ。トリツィアは何度吹き飛ばされても向かってくる勇者に、楽し気に笑っている。
「ヒフリーさんは、どんどん向かってきて面白いですねー」
どんどん向かってきて、その目にはまだ光が宿っている。
それでいて体力が尽きることも中々なさそうなので、トリツィアからしてみれば身体を動かして遊べる時間が長いとご満悦である。
――その模擬戦は、勇者の体力が完全に尽きるまで続けられた。
「はぁ……はぁ」
先ほどオノファノと戦った時よりも、勇者は疲労していた。地面に大の字で横たわり、息を荒げている。
その身体は傷が多く刻まれている。トリツィアが容赦なく吹っ飛ばした結果、そうなったのである。
「ヒフリーさんは、根気がありますねー。楽しかったです」
倒れこむ勇者とは正反対に、トリツィアは何処までもいつも通りである。オノファノが準備した水を飲みながらのほほんとしている。それは先ほどまで勇者と模擬戦をしていた者にはとてもじゃないが見えない。
「大丈夫ですか?」
オノファノは勇者にも水を持っていき、そう声をかける。
「だ、大丈夫だ」
「トリツィア相手にあれだけ向かっていけるのは凄いですよ」
「……ああ」
自分よりも凄い相手に、凄いと言われても何とも言えない気持ちになる勇者であった。
「じゃあ、私はやることあるので行きますねー! ヒフリーさんは自由にしてていいですからね!」
そしてトリツィアは模擬戦をして満足したのか、そう言ってまた下級巫女としての業務に戻って行った。
しばらく休憩した後、勇者はオノファノに大神殿内を案内してもらった。勇者は「このまま帰らずにまだ此処にいたい」と望んだため、しばらく大神殿に滞在することになった。
ドーマ神殿の大神官であるイドブはヒフリーが勇者であるということを知らされているため、頭を抱え、「くれぐれも失礼のないように」とトリツィアに言い聞かせていた。
とはいえ、トリツィアは自由気ままなので大神官の望み通りに大人しくしていることはなかった。
「これから師匠と呼びます! もっと俺を鍛えてください!!」
――勇者が滞在して、数日後。ほぼ毎日、勇者はトリツィアに模擬戦で負け続けていた。何度も何度も、それが続いた後、何を思ったのか勇者はそんな宣言をトリツィアにするのだった。




