勇者がやってきた。④
オノファノと勇者ヒフリーは向かい合っている。
勇者はその目を細めて、オノファノを見ている。
どこにでもいる少年。勇者と対峙していても全く戸惑いもない。ただただ自然体で存在している。
その様子が何処か普通ではない。勇者と対峙しているという事実は、おそらくオノファノには何も特別なことではないのだろうというのがよく分かる。
「勇者様、どうぞ」
――勇者としての力を持ち合わせている相手に、そんな風に言い放つ。
勇者はその発言に、眉を顰める。
自分のことをなめられていると思うのも当然のことであろう。
勇者は幾ら強者であると言われていても、オノファノはただの騎士だから自分ならば――という驕りがある。
自分が神に選ばれた勇者だからこそ、そうそう負けるはずがないとそう思っているのだ。
模擬剣を片手に、勇者はオノファノに向かっていく。
自分がオノファノと渡り合えることを夢見ている。
けれど、それは結局夢でしかない。
勇者として力が与えられていたとしても、彼は元々一般人である。戦う術を確かに与えられているかもしれないけれど、言ってしまえばそれだけだ。
だから――、
「なっ」
簡単にその剣ははじかれる。
自信満々にオノファノに向かっていった勇者は、簡単に弾かれたことに驚く。
平民であった勇者はそもそも武器を扱ったことも、戦いの場に出たこともない。経験と言うものが彼には足りない。
勇者は再度、何度も何度もオノファノに飛び掛かる。
勇者として身体を強化されているのか、彼には疲労はあまり見られない。それはこれまでの勇者からしてみれば信じられないことである。本来なら、模擬戦などほとんどしたことがないものがこれだけ動けば身体が悲鳴をあげるのものである。
そのことからも彼は確かに勇者なのだということが分かる。
そこまで力のない騎士相手だったら、まず騎士側が悲鳴をあげるだろう。勇者についていくことが出来なくなり、いずれ勝者は勇者となるだろう。
しかし、オノファノは決して普通の騎士であるとは言えなかった。
ただただトリツィアに置いていかれないように、その傍で騎士としてあれるように……その一心でオノファノは鍛錬をし続けた。少しでも怠ればトリツィアという規格外の少女に置いていかれることが分かっているから。
自由気ままで誰よりも力のある少女――トリツィアがどこまでも高みにいるからこそ、オノファノは強くなり続けたのである。
勇者相手に、その剣を受けていく。
勇者がどれだけとびかかっても、それはオノファノには届いていない。
それが勇者にとっては、信じられないことだった。
魔王というのは、短期間に現れるものではない。だからこそ、実在する勇者に彼は会ったことはない。だけれども、歴史に語り継がれる勇者というものは少なからずの誇張はあるかもしれないが素晴らしい実力の持ち主ばかりである。
魔王を倒すという偉業を成し遂げる存在が勇者であり、それは他よりも優れたものである。
だけど、勇者として選ばれたはずのヒフリーはただの騎士であるはずのオノファノに勝てない。
「はぁ、はぁ……」
幾ら、勇者として身体を強化されていても追いつかないほど彼は動き回っていた。
その結果、ふらふらである。
相手にされることなく、彼は負けた。今回、オノファノは受け身だったが反撃をされればすぐに負けるだろうということも――彼には想像が出来ていた。
これが、相手が歴戦の騎士といった風貌の男だったらまた心情も違ったかもしれない。それならば負けても仕方がないと受け入れることが出来たかもしれない。
でも……オノファノは勇者とほとんど変わらない、下手したら年下に見える騎士である。その騎士相手にこれなので、勇者は落ち込んでいた。
「……俺は、勇者なのに」
「あなたは戦いなれていません。幾ら何かしらの力を与えられていたとしても、戦いなれている相手だと不覚を取ると思います」
「……それは、そうだな。でもこれでは……」
「私はトリツィアに置いていかれたくないから、鍛錬をしてきて今があります。だから、あなたが私に勝てないのも仕方がないことです。でも自信を無くす必要はありません。他の騎士と模擬戦でもしてみてください」
「……あ、ああ」
オノファノの淡々とした言葉に押されて、勇者は頷いた。
そしてしばらく休憩した後、他の騎士と模擬戦を始めた。その模擬戦で勇者は多くの勝利を収めた。熟練の騎士には負けることはあったが、新米の騎士には当然勝つことが出来た。それなりに実力がある騎士も、その強化された身体で押し切ることが出来た。
――その事実を知ると、勇者はオノファノがおかしいことを十分に理解できる。
神殿騎士たちもオノファノならば、それだけの実力があるということを十分に理解している様子である。まだ若いオノファノがそれだけ強者であることをこの神殿のものたちは全く疑っていない。
それはそれだけ、オノファノがその実力を示してきた証である。
「お前、オノファノとやりあってただろう。あれだけ向かっていけるなんてすごいな」
「……オノファノは凄い騎士なんだな」
「そりゃそうだ。あのトリツィアについていける騎士だからな」
模擬戦を行った騎士から、勇者はそんな言葉もかけられる。
その言葉に「トリツィアと言う下級巫女は、本当にどれだけ規格外なのだろうか?」と彼は疑問を抱いて仕方がないのであった。




