他国の巫女、彼女におののく ⑥
トリツィアの元から逃げた翌日、バニーヌは心臓をバクバクさせながらまたトリツィアの元へとやってきた。
正直に言えば、トリツィアに対する恐怖心は大きく関わらなくていいのならば関わりたくないとは思っている。それでも――イングスミア帝国の上級巫女として、彼女を放っておくということは出来なかった。
それは上級巫女としてのプライドをバニーヌが持ち合わせているから。
巫女姫に自分よりも力が強いと言わしめるトリツィアと敵対するつもりはバニーヌにはない。ただ彼女を不快にさせたくないとは思っている。なぜなら、それだけ彼女は恐ろしい存在だから。
「バニーヌ様、今日もいらしたんですねー。こんにちはー」
「……こんにちは、トリツィアさん」
にこやかに微笑む様子は、本当に魔王と魔神を下した力を持つ巫女には全く見えない。
ただよくよく周りを観察してみると、周りの巫女や神官、騎士たちがトリツィアとその護衛騎士であるオノファノのことを見ていることも分かる。
トリツィアが色々とおかしいというのは、この大神殿内では周知の事実であることも察せられる。
「トリツィアさん、今日はしばらくあなたに付き添ってもいいですか?」
「んー? いいですけど、暇だと思いますよ。私、掃除とか、お祈りとかしますし」
「じゃあご一緒させていただきますわ」
バニーヌがそういえば、トリツィアは頷いた。
トリツィアはそれからバニーヌを連れて、いつもの日常を過ごし始めた。雑用を鼻歌を歌いながら楽しそうにこなし、マオとジンのことを世話したり、お祈りをしたりと楽し気に過ごしている。
特別な力を持っていると全く思えないような――ただ日常を謳歌している。
(なんというか、嫌味などがトリツィアさんには全くない。自分の力がどれだけ強くても関係ないと言った様子で過ごしている。……それでいてそれだけの力があれば信仰心を失くすものだっている。力があればそれだけ神の力がなくても、自分自身でやっていけると自分の力を信じ切ってしまい、そういうものを無くしてしまう人だっている。だけど、トリツィアさんはそうではない)
特に力に溺れてしまったものは、そういう信仰心を失ってしまう例もある。トリツィアはそういう風ではない。それだけの力を持っていても、巫女と信仰心が強い。それでいて雑用なども特に嫌がりもせずに好んで行う。
(真剣に祈りをささげる様子は不思議と絵になる。本当に心から、神への信仰心を抱いているのがよく分かる。女神とはどのように仲よくしているのかしら? 一日見ただけでは分からないわね)
バニーヌはそんなことを考えながら、トリツィアに付き添っていた。
「これからオノファノと模擬戦します! ちょっと離れていてくださいね」
お昼過ぎ。
昼ご飯を一緒に食べた後に、そんなことを言われてバニーヌはおどろいた。
バニーヌはトリツィアが巫女として力を持ち合わせていることは把握しているが、神殿騎士と模擬戦を行うなどと言われて訳が分からない気持ちになっている。
「……どうして騎士と模擬戦するのですか?」
「私が身体を動かすのが好きだからですね! オノファノと模擬戦をするのは楽しいのですよ」
「そう、ですか」
「他の騎士たちは私と遊んでくれないですからね!!」
バニーヌはトリツィアから言われた言葉を本当に理解が出来ない。……しかし、まぁ、トリツィアと少し過ごしているだけでも、彼女が嘘など言わない性格であるということが分かるのでひとまず見守ることにする。
――そうすれば、目をむく光景がその場に広がっていた。
トリツィアと、オノファノが戦いを始める。
その様子は、バニーヌの顔を青ざめさせるようなものだった。
素手で楽しそうにやりあっている様子は、正直言って怖い。
(……トリツィアさん、物理的にも強いの?? 巫女としての力もアドレンダ様以上にあるというのに、そちらまで強いなんて。それにあのオノファノさんも、まだ若いのにあれだけ動けるなんて。目で追えない)
巫女とての力があっても、物理的に戦う術などもないバニーヌは彼らの模擬戦が目でおえない。
それにここまで楽し気に模擬戦をしている様子も全く分からない。時折周りのものが壊れたりしているのも見て、益々怖くなった。
(トリツィアさんだけじゃなくて、オノファノさんも色々とおかしい。私は騎士たちの鍛錬を見たことはあるけれど……それよりもずっと苛烈で、それだけの力を持ち合わせている)
そしてバニーヌの目の前で、模擬戦が終わる。
トリツィアとオノファノは息切れ一つせずに、ただ笑っている。
(これだけの模擬戦を行うのも、トリツィアさんの日常か……。トリツィアさんは穏やかな人だけれど怒らせてしまったら大変なことになる。やっぱりおそろしい。……絶対に怒らせないようにしなければならない)
そしてバニーヌは一日トリツィアの傍ですごし、そのことを実感したのだった。
――もし帝国が、王国と何か争うことがあるのならば絶対にトリツィアにだけは手を出さないように言わなければとそんな風にも考えるのだった。




