ペットが増えたよ ⑦
「ジン、私とちょっとお話しよう」
トリツィアはジンの元を訪れ、にっこりと笑った。
閉じ込められ、身動きさえも全く取れない状況のジンは、じっとトリツィアのことを見ている。
「なんの用だ」
「ジンはやっぱり人を苦しめたいとか、力を示したいとか、そういうことばっかり思ってる?」
「当たり前だろう。我は魔神ぞ」
「魔神だからって、そういうことしなきゃいけない理由ってないと思うんだけど。そもそも力を示す必要性もないし」
そんなことを軽く言ってのけるトリツィアに、ジンは呆れたような視線を向ける。
「……力があるのだから、示した方がいいだろう」
「示すにしても悪い方に示す必要はないよね? 使いたいなら良い方に使おうよ。魔神だからってそんな風にする必要ないし、悪い事を沢山すると、敵が沢山増えるよ?」
「もう既に我は悪いことはしている」
「それは昔の話でしょ? 今から良いことをすればいいんだよ。過去は変えられないけれど、未来は幾らでも変えられるんだから」
トリツィアはそう言いながら、じっと結界の中のジンを見る。
魔神と呼ばれる、危険な存在。今はペットの姿になっているとはいえ、彼はそういうものである。
しかし過去はどうであれ、大事なのは未来のことだとトリツィアは思っている。やったことは変わらない。だからこそ、魔神として行動していた彼を憎む者はいるだろう。それだけ奪われた側がいるのだからそれは当然だ。
でもトリツィアはそういう過去のことはどうでもいい。
今、目の前で対話しているジンがこれから先、悪い方向に力を示すではなく、良い風に使えばいいとそう思っている。
「……我に、良いことをしろと?」
「まぁ、やりたくないなら一般的に言う良いこともやらなくていいよ。ただね、あんまり悪い事だけはしてほしくないなーって思っているの。ジンが悪いことをしてしまったらジンのことを永久に封印か、滅ぼさなきゃになっちゃうからね。一生退屈をするとか、それか退屈さえも感じられなくなるとかよりもペット生活を謳歌した方が絶対楽だよ?」
それは甘い誘惑のようだ。トリツィアは力があって楽をすることを咎めない。
やりたいことがあるならすればいい。その力を使いたいなら使えばよいと思っている。でもそれを絶対にしなければならないとは思わない。
力があれば、それをしなければならないと強制されることはよくあることだ。
それは自分自身もそのように思い込んでいることもあれば、他人からそれを求められることもあるだろう。
ジンは魔神として産まれ、生きてきた。だからこそ、そういう行動を行うことが当たり前だと思っていた。
それを疑問に思うことなく、その力を使うことを躊躇うことさえなかった。
こういう風に言われたこともなかった。
まっすぐに悪意もなく、ただただそうすればいいと、そんな風に笑っている。
「……しかし、我は魔神だぞ」
「だから、魔神だからそうしなければいけないっていうのはないんだよーってこと。何も難しいことを考えずに、のびのびと楽しく過ごせばそれでいいんだよ。私も女神様もジンが楽しくペット生活した方が平和的でいいなって思ってるし。ね、だから大人しく私のペットとして過ごそう?」
「……そうしないと、外には出してもらえないのか?」
「うん。それはそうだよ。流石に人にとって危険な魔神を野放しには出来ないっていうか、そんなことされると私が嫌だから。ジン自身がやりたいことをやって欲しいなとは思うけれど、人を苦しめたりとか、悪いことはだめだからね?」
ジンがやりたいことを推奨している。それでも悪いことは駄目だと、そんな風に強要するのはある意味自分勝手なことである。それでもトリツィアはそのことが嫌だからこそ邪魔をするというだけである。
ジンもトリツィアの方が自分より強いことは、こうして隔離している間にもより一層実感している。
トリツィアという少女は何処までも自然で、それでいて何処までも自由である。そして……誰よりも力の持つ巫女である。
その様を見ていると不思議と周りは惹かれてしまうものだ。ジンもそれは例外ではなく、反発しながらも少しは惹かれてしまっている。
「ジン、騙されたと思って余計なことを考えずに私のペットしよう? そしたら永遠に閉じ込められることもないし、殺されることもないよ。ジンに何かするのならば、私のペットになるなら、守ってあげるよ? 私は自分のペットのことは絶対に守るからね。大人しくしていても魔神だからって襲ってくる人もいるかもでしょ? 守られるだけの生活してみようよ」
折角ペットにしたのでずっと閉じ込めたり殺されたりということがない方がいいと思っているからこそ、トリツィアは笑ってそう言った。
「……」
しばらく無言になったジンは、隔離期間に退屈していた。……そのままだと、もうどうしようもないことになるだろう。トリツィアはやると決めたらやる少女である。拒否し続けて何が待っているのか分かっている。
だから結局、ジンは屈した。
(……何を言ってもこの状況は覆らない。ならば、仕方がない。……我は仕方なく、この娘のペットをやるとしよう)
結局そう言い訳をして、彼はペット生活を受け入れた。




