ペットが増えたよ ②
ジンは自分が誰かのペットになっているという事実を、どうしようもないほどに屈辱だとそう思ってならない。
だからこそ、ジンなどという名前をつけられたことも、ペット扱いされていることも……全く納得が出来ない。そもそもペットなどというのはジンの中では、下等な、弱者がなるものである。強者は逆に他の生物を従えるものだ。誰かに付き従うのは、魔神であるジンとしてはふさわしくない。
……ジンは確かにトリツィアに負けた。しかし、だからといってこれからの時間を全てペット生活で費やす気は甚だないのである。
トリツィアは幾ら強大な力を持ち合わせていたとしても人でしかない。
その寿命は魔神であるジンにしてみれば短い。その寿命を迎えるまで待つのも一つの手であろう。しかしそれまで大人しく過ごすというのも、ジンにとってみればプライドが傷つくものであった。
(必ずあの力を我がものにしてみせる)
――ジンはまだトリツィアの力を一部しか知らない。彼女が実際にどれだけの力を所持しているのか、どういった存在なのか、そのあたりを正しくは理解出来ていない。だからこそ彼は無謀にもトリツィアの力を取り込んで見せるとそう思っているわけである。
ジンの面倒を見るのは、躾がされていないからという理由でトリツィアとオノファノだけである。マオに関してはすっかり飼いならされたペットのように、周りを傷つける気がないので他の神官に頭を撫でられたりしているが……、ジンに関しては無防備に近づいてくる者が居たら人質に取ろうなどと考えていたりするので、神官などが近づかないように徹底されていた。
「貴様を人質に取れば、あの娘もショックを――」
「やれるもんならやってみれば?」
ジンはオノファノのことを人質にとって、トリツィアに言うことを聞かせよう――と企んだようだが、当然、オノファノを相手にジンが何かを出来るはずなどない。とびかかったジンは軽くあしらわれていた。
オノファノはあくまでジンがトリツィアのペットだからこそ手加減をしている。殺すことがないように、あくまで躾をするような対応をしている。
これが彼女のペットでなければ迷わず彼は排除したことだろう。
(くっ、この騎士もなんなのだ。我が力を放出しているというのに平然としおって!! おかしいだろう。我が魔神であることを知った上でこのようにペットに対するような態度をしてくるなど……)
オノファノという少年も、トリツィアほどではないにしろおかしい。
魔神相手でも彼女のペットであるのならばと普通にペット扱いして、魔神が力を発揮したとしても簡単に対応してしまう。
ジンにとっては、自分にそういう扱いが出来るものが二人もいることは大きな衝撃である。
彼女の元へ下った際は、彼女の力しかジンは実感出来なかった。しかしこうしてペット生活をしてみれば彼女の傍に居る彼の強さを実感してしまった。
(……あの娘をどうにかするためには、この男のこともどうにかしなければならないのか。二人を纏めて屈服させられるだけの力がなければどうしようもないということか)
――ジンはそんな風に思案しながら、どうすればトリツィアとオノファノの二人をどうにか出来るだろうかとそういうことばかりで頭がいっぱいである。
こうして頭を悩ませているジンは知らないことだが、トリツィアに何かあれば女神が降臨することは間違いないので……、万が一ジンがトリツィアのことをどうにか出来たとしても結局どうしようもないことだろう。
(そんなこと我に出来るのだろうか…? いや、出来るのだろうかと考えているのがまず消極的な考え方すぎる。我は魔神であるぞ。こんなところで、ペット生活を送っていていいような存在ではない。我はもっと大きな野望を叶えねばならぬのだ。我ならば全てを蹂躙し、人々を恐怖に陥らせる魔神になれるはずである)
愛らしい犬のような姿で、ジンはそんなことを決意して目をギラギラさせていた。
そのすぐ傍に居るマオは「また無駄な決意をしてそう……」と呆れた様子だった。
ジンはそれから諦めずにトリツィアやオノファノにとびかかった。何度も何度も、その力を行使して屈服させようとする。しかし、「そんな風に人にとびかかっちゃダメだよ?」という軽い言葉によっておすわりさせられたりしてしまう。
結果、そうやってとびかかるのは「運動したいのかな?」と認識されたらしく、模擬戦のようなものをすることになった。
ジンは思う存分力を発揮してトリツィアにとびかかったが、結果全敗していた。ありとあらゆる手を使った。それこそ不意打ちや人には害があるであろうものを散々使ったりした。しかしそういう手立てを使った上でもジンはトリツィアという少女には勝てなかった。
それどころか苦痛の表情の一つさえもさせることは出来ない。
彼女はどれだけジンがとびかかっても、楽しそうに笑みを浮かべているだけである。
言ってしまえば、どれだけジンが本気でとびかかったとしても彼女にとっては相手にする価値もないものなのであった。




