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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
四章 バーニングヘル
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十五話『先代の終わり、彼への続き』

「もげたわけでは無い。事故じゃあり得ない。

 そもそも発見され掘り起こされたとき、頭はだいたい胸らへんに乗っかっていたらしいから埋められた時点で首は切り離されていた」


 ドラマのあらすじを説明するように。

 感情は込められておらず。


「ただの事故の隠ぺいじゃ、なかった?」

「そう。そして悪いことに、クソ上司は裏社会とのつながりがあった。気が違ったように調べて、調べて、調べまくった結果――」

「『鬼』にいきついた…?」

「そう。当時はぶいぶい言わせていたころだから」

「確証は?」

「ない。だけど、『鬼』は力を示すために自分たちが手をかけた死体はみんな首を切り落としていたというから若干の可能性はある」

「あとは死体で遊んでいたってことも…まさか」

「以前のスナッフムービー事件で長谷っていただろ。他に死体遊びをしていた人間がいるか聞きたかったが――ツルが殺しちゃったからなぁ」

「うっ」


 長谷は姫香さんの耳たぶを食べちゃった人。あの騒動は全体的にかなり濃かったのではっきり覚えている。

 あの時はついカッとなってしまったのだ。つい殺したーーというのはちょっと問題あるな。


「モモが入って来てからは、ちょいちょい調べさせていたらしい。これあいつには言うなよ。情報を渡してしまったって今でも気にしてるんだから」

「あ、はい…」

「それで――ある日、城野健一は消えた。残ったのは事務所とおばさん――あいつの嫁が経営していた骨董屋の権利書」


 あれ先代所長の奥さんが所有していたところだったんだ。


「腹くくったんだろうけどさ。ダメだったんだな」

「……」

「数日後。家の前に、段ボールがあった。既に血がしみている段ボールが」

「それって」

「もう『鬼』は知っていたから、びびりながら開けたよ。――予想通り、あいつの生首だった」


 頭痛が微かにする。

 生首。

 それがあいつらのやり方だ。


「笑っちゃったぜ。歯は抜かれているし、目は抉られてるし、耳は削がれてるし。子供の描いた絵みたいでさ。人間かよって。これが…人間のすることかよって…」


 握りしめた拳には血管が浮き出て、爪が刺さったのか赤い液体が手を伝う。

 僕はどうすることもできずにただ次の言葉を待った。


 これが、『鬼』を崩壊させた男の理由なのだ。

 育ての親を殺されて、その死体をまざまざと見せつけられた。

 有り余るほどの理由。


「だから、それに続いた。潰してやった。ここまでされて黙って朽ちるぐらいなら死んだほうがましだったから」

「所長は、全部終わらせて…」

「ああ、終わったんだ。終わったはずなんだよ。でも、まだ…」

「まだ」


 まだ。


 ああ、そうだ。

 まだいる。

 逃がしてしまった。


 鈍い頭痛が走る。

 まだいる。生きている。殺さないと。

 『キシン』だ。あいつが、あいつがいない。


 母の仇を取らなくてはいけない。

 あの日、僕だけが生き残ってしまった。

 見逃された。

 誰に?

 僕よりも小さな…小さな…?


「……ツル、許してくれ」


 ぽつりと言葉が落ちた。

 紛れもなく謝罪の言葉。


 僕は何のことだか分からず眉をひそめた。

 今日のことに関してではないな。文脈が変だ。


「土壇場で、美味しいところだけ取ってしまったのは……申し訳なく思っている」

「所長?」

「忘れたいほどに悔しかったんだろうなぁ…」


 かなり精神的にやられてないか。大丈夫か。

 何とも言えない空気の中、ピンポンと所長の携帯が鳴る。

 所長は立ち上がり、不自然に明るい声を出した。


「…サクからだ。帰るってよ。俺もヒメが心配だ」

「…僕も帰ります。なんだか疲れましたね」

「疲れた」


 海の中で思い出した記憶。

 そのことについて所長に聞いてもらおうと思ったけれどあれはまだもう少し考えてみたほうが良いか。

 何があったのか静かに思い出してみなければ。


「そういえば、所長の名前と先代所長の名前って」

「ああ。漢字違いの同じ呼び方だろ?」


 苦虫を噛み潰したように所長は顔をしかめた。

 実のところ、名前については初対面の時に一回だけしか紹介されていない。渡会さんだって苗字呼びだし、依頼者にも下の名前まで名乗らない。

 ひどい名前ではないと思うのだが。


「だから知り合いには苗字で呼ばせてる。あのクソ上司と同じ名前、嫌いなんだよ」


 ……。

 難しい人だな。




 結局この日は携帯を事務所に置きっぱなしだった。



四章 「バーニングヘル」 了

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