十四話『城野健一』
夏場でも病院はどこかひんやりとしていた。
処置を受けている時に看護師に言われたのだが、一か月に一回ペースで来ているような気がする。お見舞いも含めて。
別に病院を第二の故郷にしているわけではない。
まだ熱中症の初期段階だから経口摂取と安静で済むはずだと僕と所長はふたりで必死に抵抗したのだが結局連れていかれたのだ。
まあ、僕を除く二人は殴られたりしているしな…。
咲夜さんはついでにと百子さんのお見舞いに行った。
彼は明日退院だそうなので今頃片づけに忙しいだろう。気がついたらパソコン二台持ち込んでいたし。
所長は怒られることが確定(百子さんにすら秘密にしていたらしい)しているので逃げ、僕もそれに便乗した。
「散々な一日だったなー」
休診日らしいペインクリニック室の待合所が空いていたのでそこに腰を落ち着ける。
水分補給をしながら彼はつぶやく。病院から渡された保冷材は頬の腫れている部分に当てていた。
「…言いづらいんですけど、所長、何のメリットもないですよね」
「そうだな」
「どうして提案に乗ったんですか? 危険なだけじゃないですか」
「…うーん、なんていうか」
壁に寄りかかりため息をついた。
「サクのボスにちょっと借りがあってな」
「何やらかしたんですか…」
「たいしたことじゃねえよ。ただ、そうだなぁ。前に戦力を一個奪っちまった」
「はあ!?」
たいしたことじゃねえか!
僕は裏社会に詳しくはないけど、戦力が無くなるというのは相当危ういのではないか。
「あっちもそれを見越して俺に頼んできたんだろ。『戦力を補充したいから協力してくれるよね?』って具合にさ」
「実際にそう言われたわけじゃないですよね」
「そりゃな。大人の対応だよ。――断る選択肢も出されたけどそんなん怖くて選べないだろ」
「ですね…」
咲夜さんレベルの人間が所属するところに逆らうなんて恐ろしくてできない。
出来れば一生関わりたくないものだ。
「あ、じゃあ今回のを簡単に言えば、"戦力補充のため組織へ加入してもらう条件として、囮を用意しお膳たてをしてあげた"…?」
「大正解。その囮役が俺」
「所長ますます殴られ損じゃないっすか」
「いいんだよこれで。俺はどんな方法でもクソ上司のことをちょっとでも知りたかった」
「……」
先代所長。
城野健一。
あちこちをひっかきまわし、最後は『鬼』によって殺された挙句に、首を切られた。
「あいつは馬鹿だった。学校の成績とかって意味ではない。分かるよな」
「はい、なんとなく」
「底抜けのアホで、最悪な人間で、悪魔も尻尾を巻いて逃げ出すレベルの屑だった」
ボロクソかよ。
「そして一切腹の中を見せない、俺の養育者だった」
「……」
「前提として、連中の前でも言ったように俺は養子だ。生まれて数か月で実の親に育児放棄されてクソ上司のところに流れ着いたんだ」
あんまりにもあっさり言うから反応に困る。
いつだったか姫香さんを囮にするときに『こいつの家族は俺だけだ』って言ってたあれから察するに先代上司の身内とも親交は無いのかもしれない。
「それは…まあ…。男手ひとつで?」
「嫁がいた。すっげー聖母みたいな人でな。あいつも彼女だけには素直だった。笑えるだろ」
「え、でも先代はクズだったんですよね」
「クズだった。いやあ、なんであんな人ゲットしたんだろうな」
彼はふっと口元を緩めた。
先代上司を語る時とはまったく違う、懐かしむような顔。
もしかしたら一つの家庭としては所長は気に入ってたのだろうか。
「その人は今…?」
「死んだ」
表情を一転させて無表情に固まる。
「高校生の頃に。ある日いきなり行方不明になって――百子が来る前年ぐらいに、山の中で埋められていたのを発見された」
「え…」
「調べられた結果、どうやら交通事故だと。頭蓋骨骨折。多分即死。犯人は恐れて埋めたんだろうと、そう結論は出たが…どうにも腑に落ちないことがあった」
「腑に落ちないこと?」
「首がさ、切られていたんだってよ。さらにはどうも刃物を突き立てて遊んだらしい跡も見つかった」
所長は、親指で自らの首を切る真似をして笑った。




