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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
四章 バーニングヘル
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十三話『種明かし』

「どうしてこうなったか、説明を求める権利が俺にはあるはずだよな」


 地の底から響くがごとく声で彼は言う。

 横並びに座っている僕らは互いの顔を見合う。


「所長が僕たちを海に落として…」

「それはあんたら二人が俺の話を聞かなかったから…」

「話を聞かなかったのは夜弦さんといいますか…」

「まず所長が話してくれなかったというか」


 やんややんやと言い争う僕たちに、前原さんはべきぼきと指を鳴らした。

 一瞬でその場は静まり返る。


「整理していくぞ。まず何故海に?」

「サクとツルの喧嘩を止めるために…。こいつら全然話を聞かないし、間に入ったら俺が死ぬ気がしたので海に落としました」

「なんで喧嘩をしていたんだ」


 私が、と咲夜さんは手を上げる。

 それから僕の顔を見た。

 鼻血はとうに止まっていたが、足が当たったところは腫れてきている。

 ちなみに所長もけっこう腫れている。

 このなかで無傷に近いのは僕だけという、意味もなく気まずさを抱かせる現状である。


「夜弦さんがさきほど攻撃してきたのは、私があちら側に寝返った上に所長を叩いたから。そうですよね?」

「あ、うん…」


 そんな冷静に言われると困る。


「少しややこしいのですが…所長と話し合ったうえでのコレなんです。同意の上とでもいいましょうか」

「…えっと」

「まず事の発端から話しましょう」


 そうして彼女は簡潔に語りだした。


 さきほどの組織をネズミチームとする。

 先代所長のなんらかの働きによって『龍』に失望され追放、しかし数年経ち『虎』『龍『鬼』が次々崩壊。

 ようやく落ち着いてきたころ、ネズミチームは再び組織を復活させるために他の組織を狙い武器や金銭を調達しようとする。

 普通に仕入れることはできないのかと聞いたが、普通にこの日本で武器なんてホイホイ調達できないだろと所長に突っ込まれた。確かにそうである。


 迷惑をこうむったのは襲われた組織だ。

 咲夜さんたちが話していた通り、組織の人間やボスの奥方を殺してしまったらしい。

 もう少し気を付けてやるべきだと思うのだが、なんというかあの人たち肝心なところで馬鹿なんだろう。

 それで怒った組織は、当然報復を考える。

しかし欠けた人員と武器のせいでカチコミにはとてもいけない。加えて普段のネズミチームはバラバラだというので一つずつ潰していったら絶対に対策を取られてしまう。


 そんな折に声をかけて来たのは、咲夜さんが事務所とは別に所属する組織だった。

 もう組織組織で疲れてきた。


「前々からこちらの仲間にはいらないかと声はかけていたんですけど、いい返事はもらえませんでした。ですが、今回は応じてくれたんです。条件付けで」

「条件とは?」


 前原さんもちゃんとは知らなかったらしい。

 所長は特に疑問符も浮かべていないのでもしかしたら事前に聞いていたのかも。


「一緒くたにまとめる。それだけですが、大変な事です」

「それが城野さんとどうつながるっていうんだ」

「大昔に俺んところの先代所長が大胆無敵に恨みを買ってましてねえ…だから、『城野』さえいれば引っかかるんじゃないかって話になったんですよ」

「偶然なんですけどね、知ったのは。使わない手はないだろうと」

「なるほどなぁ」

「まあ、私としても働いている先の上司を囮に使うのは良心が痛みました」

「嘘こけ、思いっきりぶん殴りやがって」

「あらかじめ言ったじゃないですか。私まで疑われると不味いから不仲にみせようって」

「言われたけどあんなに痛いとは思わなかったんだよ!」


 音からしていたそうだったもんな。


「計画自体は二か月前から進行していました。ネズミチームに所長の情報を売り、信用を取り、そこから今日という舞台を作ってきたわけです」


 再び僕を見て咲夜さんは肩をすくめた。


「だから、情報を売った内通者スパイであることには反論できませんね」


 うわあー。

 根に持っているのか、気にかかっているのか、どちらにしろ反応に困る。


「話を戻します。私たちによって集められたその組織の人たちは、準備と頃合いを見て倉庫内に一斉に押し入り、ネズミチームを始末する。そういうことになっていて、実際その通りになりました」

「準備?」

「逃げ道をすべて封鎖し、いっさいどこにも逃げられない様に。皆殺しするつもりだそうで」


 こわ…。

 もう僕には関係ないけど。


「武器の援助もしましたから成功したでしょうね。これで私たちは兵力を手に入れ、彼らは恨みを晴らせ、所長は過去のあれこれから抜け出せた」


 どうにかシナリオ通りに終わったと、彼女は言った。


「…それで僕は?」

「……」

「……」


 なぜ目を逸らす。


「…そもそもツルがイレギュラーだったんだ。本来ならば、これは俺とサク、組織の復讐劇だけで終わる話のはずだった」

「…びっくりしましたよ。所長だけかと思ったら夜弦さんまでいて。さすがに動揺しました」

「…僕はいらなかったと」

「だから帰れって言ったんだよ。変に粘るんだから」


 とはいわれても、あんな不自然な態度の人間放っておけるわけがない。

 正しくはなかった行為だけど間違えてはいないはずだ。そのあとはかなり間違えたが。


「それより所長、私が関わっていると事前に説明していなかったんですか? もう少し話がスムーズにいけたと思うのに…」

「おいおい、あんま俺を責めるなよ可哀想だろ。時間がなかったから…いや、軽く説明はした」

「え、僕されてませんよ」

「言っただろ。『まな板がうまくやってくれる』って」


 前原さんが小さく噴き出した。


「まな板…? ああ、確かに言ってましたけど…」

「知らねぇの?貧乳のスラングだよ。サクはまな板みたいな胸してあいだだだだだ抓るな!抓るな!いてえ!」


 咲夜さんが身を乗り出して思いっきり所長の手の甲を抓りあげているが止めないでおいた。

 そんなのあの緊迫した状況で分かるわけねえだろ。


 そして咲夜さんが完全にシロってことも確定した。

 所長は前もって計画を知っていたんだから。そしてそこに咲夜さんがいることも。


「なんですか、一言でいえば僕はこの話に一切まったくこれっぽっちも関係なかったんですね?」

「いてて…そうなる」

「うわ、うわああああああ」


 頭を抱える。

 ますます咲夜さんの顔が見れなくなってしまった。

 その上で前原さんに危害与えるとか何とか言っちゃって、さらには鼻血まで出させてしまったのか…!


 とんと咲夜さんは肩に手をのせる。


「間違いは誰にでもありますよ。私もつい熱くなってすいませんでした。みなさんを心配させないためにわざと黙っていたのですが…次回からは気を付けます」

「咲夜さん…」


 据わった目で、彼女は唇を僕の耳に近づける。


「でも、つぎ同居人の名前を使ったら絶対に殺 し ま す か ら ね 」

「ひゃい!」


 余計なことは言うもんじゃない。


 前原さんがどうしてここにいたのかと言うとお迎えに呼ばれてたらしい。立派なアッシーである。

 みんなで車のシートを濡らしてもう一度怒られたのは別の話である。



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