十一話『ゲキおこ所長さん』
暴力シーンがあります(今更)
相手の息遣いまで聞こえるほど接近する。
攻撃がしやすいぶん、ガードがしにくくなる諸刃の距離。
掌底打ちを胸へ繰り出す。彼女は左腕――義手でいなした。
そう来るだろうな。予想したからこうしたんだ。
余るもう片手を首に巻いたストールに伸ばし、掴んだ。
身体と密着しているわけでもない表面積の多い布は襟元を掴むよりもはるかに楽だ。
ストールを引っ張り、勢いで引き寄せられた彼女に頭突きをした。
「っ!」
のけ反った瞬間に腹に膝を叩きこむ。空気が押し出され、彼女は小さく呻いた。
そこから行動が数テンポ不能になるかと思ったら義手で顔を殴られた。
金属で叩かれるってかなり頭にクる。
ただしきちんと力加減はされていた。本気で殴ったら骨にひびぐらいは入っていただろう。その金属の手なら容易い。
ああ、そうか。彼女は結構厄介な腕を持っているんだった。
へたをすれば義手そのものが一つの武器となりえる。
接続されている生身の身体が持てば、だけど。あまりに無理をしてしまえば咲夜さんの身体は壊れるだろう。
金属と肉のどちらが弱いか。誰だって分かる問題だ。
とにかく、僕の視線が一瞬ブレた。
その隙にストールを握っている手の小指を可動域外に曲げられそうになる。
慌てて振りほどくと、咲夜さんは後ろ飛びで僕から距離を取った。
「…それさ、危なくない? 今みたいに引っ張られるでしょ」
今までの戦闘でも同じようなことがあったのではないかと記憶を探る。
さっさと殺してたからそんなことなかったんだな。解散。
「そうですね。すっかり忘れていました」
嫌味のつもりだったんだけどなぁ。こちらがたじろぐほど淡泊に頷くとストールを外す。
その下、一切日光に当てられていない白い首にはくっきりと痣が浮かんでいた。さながら蝶のようだ。
「そういう趣味?」
「痛いのも苦しいのも私は嫌いです」
ならいいんだけど。
特殊プレイの痕かと思ってドキマギしてしまったけど、表情から察するに深い事情があるんだな。
別に聞かない。
答えてほしいのはそれじゃないから。
軽いステップで空いた距離を詰め、素早く屈んで足を払う。
飛ばれて無効となってしまった。
でもまさか、これで終わらせるわけない。
屈んだ時と同じぐらいのスピードで立ち上がるとそのままアッパーを食らわせる。
相手も何も考えていなかったわけではなく、組んだ手を僕の脳天に振り落とした。
結果的に互いの攻撃が中途半端に入り中途半端なダメージを負う。
立ち直りが早かったのは咲夜さんの方で、握りしめた拳を僕のみぞおちに力強く見舞った。
息が一気に逃げる。胃からあがってきた気持ち悪さを否応がなく実感させられた。
容赦なく彼女は僕に打撃技を繰り出してきた。
腕でガードしつつ次の手を思案。できるだろうか。やるしか――ないか。
左足に重心をかけ、腰を半分まわしてから、右足を高く蹴りあげる!
とっさに彼女は腕で顔を守るが、気にせずにただ力任せに振り抜く。
いわゆるハイキックだ。
抵抗して立ったまま耐えようとはせず、力の方向そのままに彼女は地面に倒れた。
その方が正しい。無駄に抵抗すると首を痛めるか最悪死ぬ。
「サク!?」
「生ぎでまず。…っだぐ、びどいごどを…あれ?」
鼻声なことに途中から気付き鼻をすする。直後に嫌な顔をした。
ちょっとだけ、顔面当たったからね。
ぼたぼたと鼻血が垂れ、地面を濡らしていく。
立ち上がり、出血している鼻の反対側を指で押さえてぷっと噴き出した。
青いチャイナドレスにも点々と落ち、赤黒いしみが広がる。
ごしごしと手の甲で血を拭い、それをちらりと見た後に口を開いた。
「手を抜きましたね?」
…どうしよう、この時ほど咲夜さんを怖いと思った時は無い。
だって僕は顔面に蹴り食らわせたんだぞ。結果があの鼻血だ。
で、何を言うかと思えばそれだ。
もしかしてこの人結構頭がおかしいのではないか…?
「女の子の顔を砕く気趣味はないから…」
「でもぼこす趣味はあるんですね」
冷たく言い放たれた。
いや、これ相手がだれであっても同じことしているし。
「疲れてきましたし、そろそろここらで手を止めません?」
「元気じゃん」
「減らず口はどちらですか。分かりましたよ。ここまで来たらとことん付き合ってあげます」
新たに溢れてくる鼻血を無視して咲夜さんは構えなおす。
なんだか子供の喧嘩レベルを相手にされている気もするが…。というか微妙に楽しんできているよね。
まあいいか。
咲夜さんの動きもなんとなく分かってきたし、この調子で攻めていけば――
「いい加減に、しろっ!!」
所長の声だと気付くのに若干時間がかかった。
それから横からの強い衝撃。そして水面が眼下に近寄る。
ほとんどノーマークだった所長が突っ込んできて、僕と咲夜さんを海に叩き落としたのだ。
いや。
とっさに所長の手を掴んだので結果的に三人で海にダイブした。
思いっきり海水をのみこんだ。




