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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
四章 バーニングヘル
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十話『マジおこ咲夜さん』

 わざと態度悪く聞いたつもりだが、咲夜さんは臆する様子もなく素直に頷いた。


「分かりました。しかし、ずいぶん激しいボディランゲージですね」

「そりゃね」


 彼女は腕を下げており、手には何も持っていない。

 そのことで戦う気がない事をアピールしている。けど、さすがに視線の厳しさまでは変えられないようだ。

 平静を装っているつもりの僕だって実際どんな顔をしているのか。


「咲夜さんは……あ、舞花さんだっけ」

「咲夜で結構です」

「だってまだ昨夜さんは僕たちを裏切り続けている可能性だってあるわけだし」

「……」


 咲夜さんは難しい顔で頬を掻いた。


「違います…で信じてくれますか?」

「うーん。多分、前の僕もそう甘い性格ではなかったと思うし」


 言っておいてなんだけど、ゲロ甘だったらどうしよ。


「語弊を恐れずに言うと、身体に直接聞いたほうが良いかなって」


 本当に語弊が生じたらどうしようと思ったが咲夜さんはちゃんと意味をくみ取ってくれたようだ。

 眉をひそめ、顔に陰がかかる。


「つまり、抵抗できないぐらいに痛めつければ素直に吐いてくれるのではないか…と考えたわけですね?」

「話が早くて助かるよ」

「そんなことしなくても普通に話しますよ。所長と話を照らし合わせればすぐわかると思うのですが」

「所長が君に脅されている可能性も見逃せない」

「ツル、ちょっと落ち着け。深く考えすぎだ」


 円滑に話を進めるというのは意外に大変だ。

 相手が味方か、敵か。同調してくれるか、反対するか。

 最も普段の会話でそんなことをいちいち考えはしないけれど、言葉一つで物事が変わるような話し合いではとにかく疑ってかかるとことから始まる。

 下の立場では欲しい情報も得られない。


「…とりあえず、私のことは一切信用していないと。そういうことですね」

「…サクももうちょっと弁解をしろ」

「そうだね」

「暑さで頭がおかしくなりましたか、夜弦さん。かなり短絡的な思考であるとの自覚は?」

「かもしれない。短絡的かは、分からない」


 確かに思考が未だにはっきりしないのはあるが。


 紫外線を横目に、びりびりと緊張感と闘志が僕の皮膚を焼いていた。


「…正直言えば、嫌ですよ。私は。あなたと戦いたくはありません」

「それは…困ったなぁ。君も知っている通り、僕、加減できないから…いくら咲夜さんでも無抵抗だとやばいかもしれない」


 少なくとも今まで相手にしてきた人たちよりは実力があるはず。

 だからこれまでみたいにうっかり殺してしまっていたなんてことはないはずだ。それ人間としてどうかという話だけどね。

 女だからと言うわけではないが、無抵抗のひとをぼこぼこにするのはさしもの僕もちょっとためらいがある。

 それが狙いで棄権をしている可能性もあるけど。


「戦わないという手はないんですね…」

「うん、まあ。所長殴ってたし、さっきまで敵側に居たし。信じろって言うほうが無理だと思うよ」

「あのなツル。あれは違くて」

「後で聞きます」


 弱点でもあればいいんだけどな。

 彼女は今手持ちのナイフが少ない状態だけど、そういうことじゃなくて。

 精神的に揺らぐものを。

 ああ、そうだ。

 あの同居人さん。


「…前原さんだっけ。彼は君にとってどの程度の価値を持つひとなの?」


 途端。

 殺意が僕に叩きつけられた。

 彼女の目の色が変わる。


 踏んではいけない地雷だったらしい。


「……価値、とは?」


 今まで聞いたこともないほど低い声で、彼女は言った。


「うん、例えば君の目の前で前原さんがこう――拷問にかけられていたら、どうするのかなって。自白してくれるのかな」

「…なるほど? そこまでしないと信ぴょう性のある話が手に入れられないと判断したわけですね」

「そういうことだね」


 理解が早くてうれしい。

 こちらから長々と説明するのはしんどいものだ。


「なるほど。その考えは正しい。有効な手段です。ですが、いくらあなたが今回巻き込まれた被害者だとしても、それだけは見過ごせません」


 話しながらも彼女は緩く体をほぐしている。

 僕もそうだ。

 会話が途切れた瞬間に相手の懐に飛び込む気満々だ。


「何はともあれとにかく所長にも話を伺ってくれと言おうと思いましたが――」

「いや、伺えよ。待って、落ち着け、話せばわかる。話せばわかるって」

「――とりあえずは謝ってもらいますよ。彼の名を出して私を脅迫したこと」

「やる気になってくれてよかった」

「卑劣な手段ですけどね。まあ少し話し合いましょうか――力づくで」

「おい!?」


 ふっと浮かべた笑みは、優しげでも儚げでもなく、威嚇だった。


 僕らはほとんど同時に踏み込んだ。


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