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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
四章 バーニングヘル
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九話『プチおこ夜弦くん』

 怒号と悲鳴と銃声と打撃音が響いている。

 流れ弾がこっちに来ないか、それだけが心配だった。


 白い煙の中から現われたいくつかの手によって、あの顔の濃い三人組は僕たちの目の前から消えた。

 あまりにもあっさりと。


「…やれやれ」


 咲夜さんは疲れたようにため息をつくと、扇子を拾い上げて弄る。

細身のナイフが現れた。

 それを持って所長のそばに屈んだので背中に冷たいものが滑り落ちた。


「脱出しますよ」

「参加しなくていいのか」

「まさか。ここからは関わるなと言われていますので、逃げの一辺倒です」


 一瞬考えた最悪の結果にはならず、ただ単に手足を戒めている縄を解いているだけだった。

 どんな切れ味なのかサクサクと軽快に縄を切っている。


「手の縄だけ切ったらツルのほうをやってやれ。ナイフの予備はあるんだろ?」

「ないですね。手持ちがこれ含めて二本しかありませんから」

「…サク的に何本あったら予備扱いになんの?」

「四本?」

「多くね?」


 この場にそぐわない呑気な会話であった。

 所長に一本ナイフを渡すと、咲夜さんは僕の縄も切りにかかる。

 僕に触った瞬間、ぴたりと動きが止まる。だろうな。彼女なら、分かるだろう。僕から滲む感情が。


「…この縄引きちぎれかけてますが」

「頑張りました」

「…そうですか」


 それ以上はなにも言わなかった。


 どこを切れば効率的に解けるのか分かっているらしく、あっという間に僕の身体は自由になった。

 やっぱり圧迫されていたのか指の先がじりじりと痺れる。あとは手首が赤くなっているが、これは無理やり千切ろうとした結果だな。


「立てますか、所長」

「ぎりぎり」

「支えます。夜弦さんは」

「…こっちは歩けるよ」

「分かりました。…ついて来てください」


 所長の腕を肩に回し、一瞬僕を見てから背中を向けた。

 煙により鮮やかな青いチャイナドレスが向こうに霞んでいく。僕は慌ててその後ろを追った。


 背後からはなおも争う音がする。

 不思議なことに、こちらには誰も来なかった。



 波止場は明るい時間だというのに不気味なほどに静かだ。

 釣りのスポットとしては不人気なのか、それともやはりこの暑さのせいなのか人っ子一人いない。

 波は穏やかで今入ったら気持ちよさそうだなと思ってしまう。ここらは泳ぐことを禁止されていそうだが。

 太陽の傾き具合から見るに、夕方に差し掛かる時間だろうか。


 騒ぎが波の音より小さくなったところで咲夜さんは歩調を緩めた。

 さすがに自分よりも身長が高い成人男性を抱えるのはきつかったのか息が荒い。


「一人で歩けますか」

「ああ、もう大丈夫」

「このまま真っ直ぐです。気分は」

「水が飲みたい」

「でしょうね。――夜弦さんは?」

「…僕も、ちょっと飲みたいです」


 わずかに目を合わせ、どちらともなく逸らす。


「あー、怖かった…」


 所長は首を触る。わずかに赤い跡があった。

 スタンガンの火傷だな。そうなると僕にもあるはずだ。

 すぐに消えるだろうけど色素沈着したら嫌だな。


「あのカエルっぽいやつのが一番きゅっとした。ちんこ踏まれるかと思ったもん……」

「ああ…それは私もヒヤリとしました」


 …なんで普段通りに話しているんだろう。

 疑問に思いながら僕はふたりから少し離れる。


 さて。

 難敵だな。


 強い弱いではなくてこちらの手札を知られているというのは結構不利だ。

 そう言う場合、初撃を見切られやすいのでアンブッシュに命を懸けている人間なら致命傷とも言える。


 ま、なんとかなるか。

 気楽に構えよう。

 あんまり悩んでいても仕方がない。どう転がるかは転がった先で考えればいい。

 記憶を失ってもなんだかんだここまで生きているわけだし。


 足首を回す。

 身体を部位ごとに動かし、痛みがないかを確認。大丈夫そうだ。

 あとは頭のふらつきがあるが――動作に影響はないだろう。


 息を吸い込む。

 潮の香りがする。

 神経を尖らす。

 セミの鳴き声が聞こえる。


 利き足から踏み込み、四歩ほど大股で走って――跳躍。


 狙うはストールに包まれた咲夜さんの首。


「うおっ」

「ふっ!」


 所長を突き飛ばしてから彼女は屈みこんだ。

 やっぱり気づいたか。ちょっとは油断しているかと思ったのに。

 避けなかったら首折れているから正解なことは正解である。


 身体を捻り、バランスを崩さない様に着地。

 彼女は踵落としを見切っていたのか即座にその場から離れ、僕から距離を取る。

 やはりこちらの行動パターンを読まれているのは痛いな。


「…殺気だだもれですよ。さっきから、ずっと」


 ゆるりと立ち上がった咲夜さんは疑問でも文句でもなく、まず感想を言った。

 気づいていたのにあえて言わなかったのは何故だろう。別に、わざわざ言う必要もないか。

 いつも通りのポーカーフェイスであったが、わずかに困惑が混じっているのも確かだ。


「どうやったら消せるか分からなかったから」


 そうですか、と咲夜さんは頷いた。


「えっ、なにこの空気」


 唯一話について行けていないのは、押されて尻餅をついた所長だけだろう。

 色々あったのに申し訳ない。


 咲夜さんに向き直る。


「ここまでの弁解と、経緯。あとは君はどこの立場にいるか。聞かせてくれないかな」



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