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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
四章 バーニングヘル
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八話『鼠というか海老』

 僕の軽率な悪口は怒らせるのにクリティカルだったようだ。

 その間にも手首から力は抜かない。ぶちぶちとなおも何かが切れる感触。


「お遊びだと思っているみたいだな」


 顔に傷のある男は僕の頭を掴む。

 力が込められ、ミシミシと骨がきしむ音が僕の中で響く。

 こういうのを万力で締められる感触って言うんだな。そんなどうでもいい感想が浮んだ。


 遠くでセミの声。

 鳴き声と軋む音と、切れる感触。生首。血だまり。どこからどこまでが現実なのか一瞬忘れる。


 殺そう。チャンスは今だ。

 目の前に手首があるじゃないか。そして僕には歯がある。

 食いちぎれるかな。いけるだろう。飛びつけ。

 口を開く。


 そう決めた時、とん、と男の腕に別の手が触れた。


「何だ」

「なかなか面白いことになったけど、ここで殺すつもりかしら」


 くすくすと笑いながら女は手袋に覆われた指をつうと滑らせた。

 男は不愉快気にその指を跳ねのけると同時に、僕からも手が離れる。

 ぐらりと体勢が崩れかけたので慌てて倒れないように膝に力を入れる。


「元仲間として情が湧いたか?」

「あら、別に? もとから他人ですもの」


 火花を散らしはじめる二人にネズミ顔の男がおずおずと間に入った。


「舞花。彼にはやりたいようにやらせてやれ。ここまで一番苦労してきたんだ…」

「あら、それなら仕方ないわね」


 肩を軽くすくめると、扇子で自分の唇を軽く叩いた。


「ただね、新入りへ制裁ショーを見せるおつもりなら、も少し上手くやるべきだと思うわよ。

 あなた、別に筋肉にステータス全振りしているわけじゃないでしょ?」

「つくづくムカつく女だな」

「ごめんなさいね」


 悪びれずに笑うと、頭の横に持ってきた扇子の先で円を描いた。

 ――その瞬間、微弱ながら空気が変わった、気がする。


 顔の特徴が濃い人たちは何も気づいていないようだった。

 だけど視界の端で所長は確かに笑みを浮かべる。


「あんたたちがクソ上司に復讐を望んだように、他の誰かもあんたたちに復讐を望んでいるって――どうして思いつかない?」

「まだ何かいう元気があるか」


 気にせず所長は続ける。


「よぉく考えてみろよ。な、自分たちは安全圏にいるって本気で思いこんでいるのか? こんな世界に身を置いておきながら?」


 確かにその通りだ。暴力の世界ではどこにいても安心できない。してはならない。

 特に——『鬼』『龍』『虎』が崩壊したこと。

 ここまでさまざまな出来事を通して断片的に聞いてきた限り、三つのグループはそれなりに大きな力を持っていたようだ。


 そんなところも一瞬で崩れてしまうことを考えれば、いかなる組織にも絶対的な安全なんて存在しない。

 どんなポジションにいたかは不明だけど、『龍』に従っていたなら、その顛末を知っていたなら分かるはずなのに。


「以前、どっかの小さな組織を襲撃したんだってな。武器欲しさに襲撃したのは分かる。いくつあっても困らないものだし」

「どこからそれを…」


 所長の言葉を引き継いだのは、咲夜さんだった。


「でも痕跡を残したのはまずかったわね。何人も殺したのもマイナス。極めつけにボスの女を犯して殺したのも最悪。怒り心頭もいいところ、どうにかして主要人物を皆殺しにしたいと思っているはずよ」

「な…!?」

「いいねえ、余裕ぶっこいてたのにいっきに追い詰められるって言う展開。どうだよ鼠に噛まれた感想は」

「それに海老で鯛を釣るってとこかしらね。あなたたちがこのエサの始末を下っ端に任せるはずがないって分かっていたもの」

「上等なものが釣れたな。ま、つまり一網打尽でご愁傷さまってことだ」

「そういうこと」


 あまりに息の合った解説に、僕も含めその場の全員がぽかんとする。

 彼女は笑いながら扇子を落とした。


 それが合図だったようだ。

 瞬間、後ろで突っ立っていた集団の一人が鋭く笛を吹き――続けて何人かが機敏に動く。

 発煙筒がばら撒かれ、視界は白く覆われた。

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