表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
四章 バーニングヘル
90/278

六話『先代所長』

「な、なんだ? いきなり呻きだしたぞこいつ」


 ネズミ顔の男が引き気味に咲夜さんに尋ねる。

 僕の頭を踏みつけたまま、しかし彼女は黙っている。

 ——踏みつけているとは言ったが、乗せているといったほうが近いか。どちらにしろ僕は踏まれて喜ぶ趣味は無いのでわりとやめてほしい。


 それにしても呻いていたって、マジか。

 無意識のうちに変な事口走っていないと良いのだが。

 ん、つまり僕は咲夜さんに踏まれて静止したってことになるな。

 目覚まし時計かよ。

 …暑さで相当頭がイっているようだ。どうでもいいことばかりがぽんぽんと僕の周りを廻っていく。


「薬の後遺症かしらね。一体どれだけ入れたわけ?」

「どれくらい入れた?」

「おい、どんくらいだった?」

「えー、注射器一本で収まらなかったんでもう一本使いました」


 情報の共有ちゃんとしておけよと思ったが、それより衝撃の事実だった。

 恐らくは鎮静剤らしきものを注射器二本って。

 入れすぎだろ!


「なんでそこまで」

「一本目でもなかなか気を失わなくて追加しました」


 部下っぽい人は悪びれずに言う。

むしろすぐ気を失うほど強い薬を血管に入れられたら人間はショック死すると思うんだけど。

 しかし困ったな…。まだ薬の影響が完全に切れたわけでもないだろう。そうすると脱出を考えた際、立ち上がれるのだろうかという懸念が出てくる。

 指とか細部を動かすことが不可能の状態だったらかなり不味いな。


「なんだこいつは…」


 化け物を見るような目をネズミ顔の男にされた。

 体質的に強かっただけなのかもしれないのに、人間じゃないみたいな感想持たれるのは気分がよろしくない。

 文句のひとつ言ってもいいよなと思ったが、生殺与奪を握られている状態なのを思い出したので大人しくすることにした。

 痛いのは我慢できるけど、だからってわざわざ痛みを迎え入れる趣味は無いもん。


「…そこまでしないと安心できないか?」


 所長が挑発的に言った。

 腫れ始めた頬を歪ませて、嗤う。

 僕から注意を逸らしたのだとは容易に想像できた。


「なあ、おい、もう十年二十年前とは違うんだろう?

 力もつけて、こんな一般人怖くないはずなのに。それでもお話をするために拉致監禁するなんざ馬鹿馬鹿しい話だ」

「貴様にとってはそうだろうな」


 それまで黙っていた一人が口を開いた。

 歳は四十代ほどか。

 顔には大きく傷が入り、よく見れば小指が欠けている。


「だが、我々としてはこれは一種の傷痕だ。城野健一ケンイチに嵌められた我々は、一時は息をひそめて暮らさなくてはならなかった」


 なにしたんだよ、先代所長。

 城野健一って先代所長のことだよな?


「あんたらに突発的にケンカを売ったわけじゃねえだろ? あのバカもそのぐらいはわきまえている」

「だが加担はした」

「それはあんたらが一般人巻き込んで殺しをしたからだと聞いている。あのバカに目をつけられたのが運のつきだったな、間抜け」

「まだ立場が理解できていないようだ」


 顔に傷が入った男は懐からライターを出した。

 奇妙なことに煙草も出さずに火をつける。

 まさか焼くつもりなのか。


 だがしばらく火を出しただけで、燃やすそぶりは見せない。じっと火を見た後に、消した。

 ほっとしたのもつかの間だった。

 熱されているライターの金属部分を所長の腫れていないほうの頬に押し当てた。


「ッ」


 見ているだけなのに身がすくむ。

 流石に所長も顔をしかめ、唇を噛んだ。


「……へっ、ブランディングっていうの? やめろよ、ますますイケメンになっちまうじゃねえか」

「まだ軽口をたたく余裕があるか?」

「悪いがこちとらテロリストと戦ったことがあるんでね、こんぐらいじゃびくともしない」

「戯言を」


 鼻で笑っているけど、それは本当なんだよ。


 ライターが離される。

 肌がどうなったかは、ここからは見えない。火傷にはなっているだろう。


「…死んだ仲間はこれどころでは済まなかった。分からないだろうな」

「分からねえよ。『鬼』『虎』『龍』が活動していた暗黒期なんてそんなもんだろ」


 ネズミ顔の男はやり取りを引きながら見ている。

 リーダーじゃないのか、しっかりしろ。


「バラバラになり、数年前にやっとそろった。新しい人間もいれて。それが石橋がしてくれたことだ」

「あ、どうも」


 素でネズミ顔の男ーー石橋が返事をした。

 人望はあったのか。少なくとも僕たちの前では欠片すらそんな様子は見せていないのだが。

 まあ、僕たちに対して人望見せつけてもな。メリットなんてない。


「我々はようやくここから始める。ここまでにも我々に辛酸を舐めさせてきた奴らを思い知らせてきた」


 そうでもしないと立ち上がれなかったのだ。きっと。

 自信をつけ直さなくては。

 泥を洗い落さなければ。

 そこでようやく、前を向ける。


「大層なことだ。残念ながらその一人はほとんど関係ないのにな」

「城野健一はいないが、その血筋はいる」

「……あ?」

「親の血が混じっていることを後悔することだな。それだけでもお前には罪がある」


 その時、初めて所長が怒りをあらわにした。


「誰が誰の子供だって!? ふざけてんのか!」

「この場でしらばっくれるか!」

「ちゃんと俺のことを調べてから来い、クソ野郎ども!

 勘違いすんな! 俺は城野健一に養育はされたが、血の繋がった子供じゃねえんだよ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ