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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
四章 バーニングヘル
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五話『裏切り?フリ?』

 僕と咲夜さんの視線が交差した。


「……」


 彼女は目を逸らし、扇子を開く。口元が隠される直前、ひどく困惑した表情になっていた。しかし次にまた扇子を畳んだ時にはうっすらとした笑みを浮かべていたので空目だったのだろうか。

 所長は特に驚いた様子もなく、鼻で笑った。


「一気に派手になったんじゃねえか? 似合わねえぞ、その格好」


 似合うかどうかはさておき、確かに彼女は普段モノトーンを着ているので青いチャイナドレスは新鮮な姿ではあった。

 首に巻いたショールは変わらないが。

 そして左手。青いロング手袋で義手を隠していた。


「あら。こんな状況だというのにずいぶんと余裕なのね」


 変わったのはもう一つ。口調だ。

 いつもの丁寧語になれてしまっているので違和感しかない。


「実は怒り心頭だけどな。しっかしまあやりやがったな、この内通者スパイが」


 咲夜さんはただ唇を上げるだけだった。


内通者スパイって…」

「つまるところは売られたわけだよ、きみたちは」


 若干無視されていたネズミ顔の男がここぞとばかりに声を上げる。

 本当に小物っぽい人間だな。

 人は見かけによらないとは言うが、本当にこんな組織を従える長なのか少々疑問が残る。


 いや、いいんだ。人物の考察なんか。

 問題は咲夜さんは本当に内通者なのかということだ。

 今までのことを考えてみても、それはあり得ない――。

 だったら姫香さんだとか百子さんを助けに行くわけがない。そう、もしも売るつもりならば協力するわけがない、のだが…。


 待てよ。

 狙われたのは探偵事務所ではなくて、所長個人だとする。僕はおまけである。

 確かに二人の仲は最悪ではあるけれど何も大胆に売り渡すか。

 そもそも咲夜さんが人を簡単に売るような人には、見えない――。


 いや…それこそ、『人は見かけによらない』…?


「そういうこと。上手かったでしょ? 私」

「安月給がそんなに気に食わなかったか?」

「あなたのことが気に食わなかったのよ」

「だからそんなネズミみたいな男に寝返ったのか? あんた、趣味が悪いぜ」


 咲夜さんの手が動いた。

 同時にひゅんと空気を切る音ともに叩かれる音。

 まごうことなき平手打ちだった。

 加減なく放たれた打撃に椅子の片方の足が一瞬浮く。


「所長…!」

「こんぐらいで泣かねえよ」

「このぐらいで泣かれたら困るのだけどね」


 咲夜さんは反省した様子もなく扇子を仰ぐ。

 その眼からはなにも読み取れない。恐ろしいほどに冷たく所長を見下ろしていた。

 何かリアクションを取ろうとしていたネズミ顔の男は、先に強烈なことをやられてしまったためか行き所を失ったように首を左右に振る。


「…咲夜さん、あなた…」

「咲夜じゃないの」


 僕とは目を合わせないままに彼女は台詞をかぶせてくる。


「舞う花と書いて、舞花。以後よろしく…まあ、後はないのだけれど」

「さて、さてさてさて」


 ネズミ顔の男が慌てて会話に突っ込んできた。

 気を抜くと忘れ去られそうだとじぶんでも危惧しているからだろうか。

 今はそれどころではないのだが。

 どういうことだ。信じたくはないが、本当に咲夜さんは僕たちを裏切ったということなのか?

 まだ演技と言うセンが残っているけれど、これが演技だとするなら、これからどうなるというのだ。この人数を捌けるのか? 丸腰当然の僕たち二人を背中に?


 彼女の思惑が分からない。

 いつも感情をあらわにせず、淡々としていて、それで――僕を監視しているような。

 暑さと薬のせいで普段以上に頭がまわらないせいかどんどん悪い方向へと向かっているのが自分でもわかる。


「もういいだろう? 裏切りイベントなんて第三者から見ればあまり面白くないものでね」

「はは、こっちも全然面白くねえよ。痛いし」


 所長は笑いながら吐き捨てる。


「ではこれから楽しい話には入ろう」


 男のつぶらな瞳が輝いた。チーズを見つけたネズミのように。


城野(やつ)にはお世話になった。とってもな」

「……」

「こっちはすっかり『龍』の信用を落として散々な目に合って、何年も逃げた。とてもつらい日々だった」

「…そうかよ」


 『龍』。

 『鬼』『虎』に名を連ねる、悪徳組織のひとつ。

 四年前に壊滅したと聞いたが。


「『龍』がいなくなり、残党もいなくなり、自由になってようやく憎き奴の所在を突き止められたと思ったら、とっくに『鬼』に殺されてたじゃないか」

「……」


 えっ。

 先代所長は『鬼』に殺されていたのか?

 だとすると、所長は仇討ちに行ったということになる。


「馬鹿だねえ。本当に馬鹿だねえ。あまつさえ『鬼』に手を出すなんて」

「…黙れよ」

「黙らないよ。こんなに面白いことがどこにある? なあ、生首を送り付けられたんだろう? どんな気持ちだった? どう思った?」


 生首。

 生首?


 頭が割れるように痛い。

 脱水症状とは別のものだとなんとなく分かった。


「お前の家族にも送ってやろうか。丁寧に詰めてお届けものですって。なあ?」

「怖いものが無くなってずいぶん元気じゃねえか。いいね、見習いたいよ」

「ずっとこの日を夢見ていたんだよ。ずっとずっと。理想とは全然かけ離れていたがな!」


 戸を(・・) 開けて・・・そっと・・・周りを見回して・・・・・・・

 血だまり・・・・

 胴体から・・・・離れた・・・首が・・

 虚ろな(・・・)目が・・


 僕を見ていた・・・・・・



 目の前が真っ白になり、胃から何かが溢れる感触がする。

 気持ち悪い。焼けるようだ。


 ぐるぐるとした視界が突然固定される。

 頭を踏まれたと気付くのに二テンポかかった。

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