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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
四章 バーニングヘル
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四話『もっと早く聞きたかった』

「あー、そろそろやべーな。頭痛くなってきた」


 僕もだ。

 典型的な脱水症状の兆候である。

 うーん、水が欲しい。あとはシャワーを浴びてさっぱりしたい。

ふと思ったのだが、これもしかしたら敵が僕らの前で美味しそうに水を飲み干す流れになりそうだな。いやいや、まさか古典的すぎるよな。

 そんな地味な嫌がらせをするかって話だ。


 どうにか縄がほどけないかともがくが緩む気配すらない。

 もうちょっと世界は僕に優しくしても罰はあらないのではないか。記憶ないんだからそのぐらいは融通効かせてほしい。

 関節を外すと縄抜けが出来る云々を聞いたことはあるけど、外して脱出できないとさらに悲惨なことになるから勇気が出ない。

 本当にどうしよう。


「…暇だし予習でもしとくか」

「予習?」

「どうせ連中がべらべらしゃべるだろうから先に言う。この集いはクソ上司がやらかしたことを未だ根に持つアホどもによるものだ」

「えっ、それ所長に関係ありますか」

「一応はある。直接的なかかわりはないが。あいつの下で動いてきたから俺も恨まれてはいるだろ」


 とんだとばっちりだ。

 僕もとばっちりではあるけれど。


「…先代所長が死んだ…ということを、知らないんですか?」


 いつ死んだのかは定かではないが。

 ——『首だけで戻ってきたりなんかしなかったよ』。

 百子さんの言葉が蘇る。

 首と胴体が離れているなんて、とてもまともな死にかたでは――ない。


「知っているから代わりに俺を狙ったんじゃねえかな。これから聞けばわかることだ」

「今になってこんなことを…?」

「ようやくこっちの居場所を特定できたんだろ。城野なんてありふれた名前だし、クソ上司は偽名をめちゃくちゃ持っていたから」


 そんな、今更になって。

 所長の居場所すら特定できていなかったのに、突然出来るようになるものだろうか。戦い方はできていたからフィジカル方面は力があると認めるが。

 デキる人を雇うことに成功したか、それか誰かに情報をもたらされたか――。

 そうすると誰にって話になる。まさか内通者がいたりなんてことは…。


「それで、どうするつもりなんでしょう?」

「言ったろ、けじめだよ」


 苦笑する。


「連中はあの馬鹿にさんざ辛酸を舐めさせられたんだ。報復したいってのも自然な考えだとおもう」

「…どの程度まで報復を受けると思ってますか?」

「死ぬまでじゃねえかな」


 あっけからんと。そう言った。


「正直あんたがいて良かった。一人じゃこんなの怖くて怖くて」

「…ちょ、なんでそういうこと早く言ってくれなかったんですか! そもそもどうして…」


 早く言ったとして、どうなるものでもなかったけれど、それでも文句の一つ二つは必要だった。

 どうして、公園でいかにも捕まえてくださいと、待っている風だったのか。

 そうだ、僕を釣れない態度で追い返そうともしていた。

 所長はこうなることを知っていた・・・・・

 一体どうやって。


「大丈夫だ。必ず俺たちに勝機は来る。だからあんまり余計なことを言ってくれるなよ、ツル」

「所長、」


 言いかけた時、倉庫の扉が開けられた。

 夏の強い日差しが向こうに溢れている。わずかながらに吹き込んだ風が汗ばんだ肌を撫でた。


 あまりに光が強く、逆光でシルエットとなっているが…十人以上はいるのではないか。


「やあやあ、暑いな」


 芝居かかった口調。老いにさしかかっている印象だ。

 同じ老いでも、いつかの渡会さんの方がハリがあって通る声だったなとどうでもいいことを考える。つまるところ、相手のは印象に残りにくい声だ。


 強光から抜け、ようやく姿が見えた。

 なんとも頼りなさそうでそれでも精いっぱい格好をつけようと頑張った、ネズミみたいな男。

 一言で行ってしまえば小物臭すらある人間だ。代わりに後ろに控えているボディガードみたいなのがカタギとはいえない顔ぶれなので妙なアンバランスさを醸し出している。


「どうだ、死にかけているか」

「おかげさまで」


 皮肉に皮肉で返した。そこらへんはいつもの所長だ。


「で? これからどんなパーティーを開いてくれるんだよ」

「はっ。品のなさはあの男と一緒か」

「チッ、それは悪かったな」


 心底嫌そうに舌打ちをする。そんなに同じ扱いされるのが気に入らないのだろう。

 僕はといえば全く口を出せるわけもないので人数把握に努める。

 十五人以上、二十人以下。固まっているので後ろにいるのが何人か正確に出せない。


「暑いわね。本当にこんなとこでやるつもり? 正気の沙汰じゃないわ」


 遅れて、女の声とともに硬いヒールの足音が近づいてくる。

 聞き覚えがーーあった。


 男たちのあいだを縫い、鮮やかな青いチャイナドレスを着た女がネズミみたいな男の横に立つ。

 扇子で隠していた口元を露わにした。


 見間違えるはずがない。

 だけど、本人ならばどうしてーー。




「咲夜、さん…?」




 そちら側に、いるのか。




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