三話『そういうの知りたくなかった』
意識が若干もうろうとしているのは暑さのせいだけじゃない。
「抵抗するな」と言いながら近づいてきた一人に蹴りをかまして、その隙に後ろから迫っていた人間がスタンガンで攻撃されたのだ。
あの連係プレーはよく訓練されていた動きだと思う。敵ながらあっぱれと言うべきか。
そんなことよりも、実はスタンガンで人は気絶しない。
逆に電気通されて気絶するって一体何アンペア…ボルト? ボルトだな。
とにかく、どれほどの電流が走っているんだって話である。確実に死ぬ。
だけど首筋に容赦なく当てられ十秒程度は行動不能になった。めちゃくちゃ痛かったし、まだその個所は痺れている。
直後に薬を打たれて、意識を失い――現在に至るというわけだ。
よっぽど危険人物だと認識されたらしく念入りに縛られている。これ血液の循環のことちゃんと考えてくれているよね?
「寄ってたかって人をボコボコにするなんて…酷い話ですよね」
「うん、俺は何もするなって言ったはずだったんだけどな。結果的に暴れたんだから仕方ないよな」
「なんですか所長、あいつらの肩を持つつもりですか」
「持つもなにもツルのせいで俺まで電流食らったんだよ! 無抵抗だったのに!」
「だって身体が勝手に動いたから不可抗力ですよ、不可抗力」
「開き直ってんじゃねえぞ!」
全く緊張感のない会話である。
この場にまだ敵となるべき人間がいないからなのかもしれないが。
ところでいつまで僕たちは放置されているんだろう。熱中症になってへばるのを待っていたりするんだろうか。
それはそれで手を汚さないし後片付けもしなくて最低限で済むから効率的だけど、だったらわざわざこんなことする意味はないよなぁなんていうのも思う。
「というか意外だな。ツルはこういうとき真っ先に脱出方法を考えるかと思ったんだが」
「そうですね、もしも一緒に捕まったのが姫香さんなら若干の下心と共に今頃必死で縄を解こうとしています」
「オッケー、二度とヒメに近寄るなよこのむっつりスケベ」
むっつりスケベとはまた失礼な…。
縄で縛られたときの女性の胸はロマンの塊だと思うのだが。多分こんなこと言ったら所長が口きいてくれなくなるから黙っておくけど。
「……つまりなんだ、あんた俺にこの後の展開ぶん投げているのか」
「ぶっちゃけその通りです」
「ぶっちゃけすぎだろ! え? 怖いんだけど、何とも思わないの? 俺たち結構絶体絶命大ピンチなんだけど」
所長、キャラがぶれていますよ。
「…縄がほどけなくて心が挫けそうなんですよ。それとなんだろう、もっとやばいことがあった気がして。どういう時だったかは思い出せないんですけど。それに比べればマシって思っちゃうんですよね」
この状況も最悪ではある。
なんせ、満足に攻撃を除けることもできない。脱出もできない。こんなのただの的だ。
だけどなぜだか落ち着いていられる。危険だなとは頭の片隅で分かってはいるけど。
自身の過信は危険すぎるんだけどな。
「……ふうん」
「僕からすると所長も相当ですよ。そりゃあ発狂する所長も見たくはないですけど…」
「暑さで発狂はしそうだけどな。ツルじゃねえけど、俺もやばいことにあたったことあるんだ。ま、それよりはマシだろ」
やっぱ普通の人間の経歴じゃないよなぁ、この人。
再三確認しておくが、現在攫われて椅子に括り付けられているのだ。これから何をされるかもわからない。
『それよりはマシ』と言い切ってしまうあたり事務所の闇を垣間見てしまう。いままでも結構見てたけどな。
「例えばどんなことにあったんですか?」
「それ本当に聞きたい?」
「すごく聞きたいです」
「嫌な奴だよあんた」
今のってフリだと思ったんだけど
「まだモモが来る前のことなんだが、クソ上司にさ…」
いつもは渋るのに今日は素直に話すあたり、かなり暑さがきているようだ。
そしてやっぱり原因は先代所長なのか。
「難しい仕事じゃないからちょっと行ってこいってまあまあ金持ちのじいさんのところに使いに出されたんだよ」
「へえ」
「じいさん家にとある花瓶がないか見てこいってことでな。詳しくは忘れたけど。ちゃんと存在の確認は出来たんだ。問題はそこからで」
「問題」
「お茶を一杯飲んでってくれって言われて素直に従ったわけだ。そんときはまだ警戒もなにもしなかったガキだったからな」
「…ほう」
雲行きが怪しくなってきたぞ。
「じつはそれに睡眠薬が入ってて」
「えっと」
「クソ上司、自分は嫌だから俺に行かせたんだなってその時思ったよ……うん」
「……」
珍しく目が死んでいた。
どうしてそんな人の下で働いていたのだろうか…。




