二話『昔隠したスペアキーが見つからない』
話は数時間前に遡る。
百子さんは入院中で、咲夜さんは昨日から休み。
出社したのは城野義兄妹と僕しかいなかった。
一応午前中は集まったのだ。集まったのだが、やることがない。
人もいない。依頼者もいない。
省エネのために窓を開けているために避暑地にもならない。
掃除も常日頃から(暇すぎて)細かい箇所までやっているから今更することもないし、一階の骨董屋もこの暑さのせいか客は一人も来なかった。
ここまで「ない」が続くのだ。選択肢は一つ。
――帰る。
そういうわけで、昼頃に解散した。
百子さんなら文句の一つぐらい言うだろうが生憎この場にはいない。やりたい放題である。
不満の声は一つも挙がらず、僕たちは解散した。
それで終わっていたのなら今の状況にはなるまい。
問題はここからだ。
確か布団でも干そうかなと考えながら帰路についていたところでハタと気付いたのだ。
携帯を事務所に忘れた。
僕は固定電話というものを持っておらず、外部との連絡手段が携帯しかない。とはいっても連絡相手はもっぱら事務所だ。家族や友人は記憶を失っているために連絡をできないやねは当たり前である。
明日でもいいとは思ったが、しかし最近の出来事を考えるに何が起きるか分かったもんじゃない。そういうわけで取りに行くことにした。
事務所傍に所長の住処もあるので、すでに施錠されていてもそっちへ殴り込みに行けばいい話だ。絶対怒られそうだけど背に腹は代えられない。
手土産にアイスでも買っていこうか、そういえば姫香さんはなんのアイスが好きだったっけと考えながらもと来た道をもどっていると、事務所近くにある公園で所長がぼーっと煙草を吸っていた。
なんだ、あのリストラされて家に帰るに帰れないお父さんみたいなの。
とりあえずはタイミングよく見つけられたので近寄る。
「所長」
「…あ? なんだ、ツルか」
「はい、携帯忘れちゃって…それよりどうしたんですかこんなところで。姫香さんは?」
「あいつなら先に帰らせた」
「ああそうか。煙草、家では吸えないんでしたっけ」
姫香さん嫌煙家だから。
前に咲夜さんと所長が嘆いていたことがある。
だからといって子供の憩いの場で吸うのはどうなのだろうか…。とはいってもここで遊ぶ子供を見かけたことが無いのだが。それにこの暑さだからわざわざ外には出ないか。
「厳しいんだよなあいつ。で、なんだ」
「事務所に戻りに来たんです。忘れ物したから」
携帯取りに来ただけなのに回りくどい会話だった。
「あーはいはい、鍵な。スペアなら外に置いてある植木鉢の」
「下に置いてあるんですか!?」
セキュリティーとは一体。
「いや、中。埋めてある」
「なぜ…」
普通は考え付かないから安心…なのかもしれないが。
根っことか絡んでいそうだけど大丈夫かな。
「所長がこの場で貸してくれれば手を汚す必要もないと思うんですが」
「思いっきり手を汚しまくってるやつの言うことか」
今まででも血で汚れてるくせに今更土ごときでびーびー言うなってことだろうな。
それはそれ、これはこれだ。土いじりしたい気分でもない。
もっと本心のままに言うとめんどくさい。
余談だが爪の間に入った血がなかなか落ちなくて先日とうとう爪ブラシを買った。乾燥すると全然落ちないんだよねアレ。
もうやってることが凶悪殺人犯っぽくなってきて非常に遺憾である。
「じゃあ明日俺より早く来いよ」
「え、ここで待っててくれないんですか」
「…これからちょっと用事があるんだ」
「用事?」
「そ。また明日な。遅れたらただじゃおかねえからな」
あ、これ。
似てる。
百子さんが「さようなら」と言ったときのようで。
「…隠し事してますね」
「……あ?」
深く深く煙草を吸って吐き出してから、所長は不機嫌な顔を向けた。
動揺して、それを悟られない様にごまかした。そうとしか思えない。
「なにか僕に言えないようなことを」
「あったとして、それをあんたに馬鹿正直に話すかよ」
食い気味に僕の話を遮った。それは――そうだけども。
時計を確認し、彼は煙草を携帯灰皿に突っ込む。
「行け。こちとら大事なお話があるんだ、俺だけの大事な話が。あんたには関係ない」
「今度は所長が誘拐されるとか、そういう展開じゃないですよね?」
所長は反応しない。
だが煙草を吸う素振りをして、今さっき消したことに気付いた。
ふむ、これは図星だな。
僕の表情が得意げだったのかなんだったのか、彼はますます不機嫌そうに眉をひそめた。
「ああもう、マジで他所に行ってほしいんだけどなぁ。とくにあんただと話がややこしくなるっていうか」
「失礼な」
所長はもう一度時計を確認すると、苦虫を噛み潰したような顔をしてため息をつく。
「オッケー、分かった。もう時間切れだ。いいかツル、絶対に何もするなよ。裏で打ち合わせしたまな板がうまくやってくれるはずだからな」
それまでの態度から一転、畳みかけるように言われたものだから理解が追いつかなかった。
な、何の話だ?
思ったよりもめんどくさいことになりそうだが、でもますますそんなところに所長を単身放り込めない。まあ殴るぐらいなら僕にでもできることだし…。
というかまな板ってなんだよ。
「お出ましだ」
自嘲気味に彼は笑う。
反射的に振り向くと、車が数台公園のそばに幅寄せした。中からぞろぞろといかにもと言ったような怪しい人たちが降りてくる。
まるで、この時間、この場所を――誰もいないときを狙ったようにあまりにもタイミングが良すぎた。
助けを、警察を呼ぶ? いや、無理だろう。ここに来てくれた時にはもう遅いにきまってる。
遠巻きに、銃が四丁こちらに向けられていた。あ、今追加で二丁加わった。
人間二人にずいぶんと大掛かりだ。
市街戦でもするつもりか? こちらは丸腰な上に一応一般人の所長がいる。僕もだけど。あっとうてき不利。
身構えながら突破口はないか探す。無理だな。飛び道具相手じゃ、逃げ切れない。
「どう…」
「いいから、なにもせず黙っていろ」
「何をしたんですか、所長」
「俺はしてねえよ。でも、そうだな」
けじめだと、そう言った。




