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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
四章 バーニングヘル
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一話『暑い』

 どこか遠くでセミが鳴いている。


 やかましいことこの上ないが、あいつらも生存競争に必死なのだ。わずかな命を燃やしきる前にどうにかして子孫を残さなくてはいけない。

 つまり僕にとっての不快音は彼らにとっての求婚歌ラブソングで、また同時に鎮魂歌レクイエムでもある。

 だから、多少は大目に見てあげてもいいのかもしれない。


 …やっぱ大目に見れないわ。

 僕は暑いんだ。

 聴覚から季節を感じたくないんだよ今は。

 こちらの気持ちも知らずにミンミンジーワジーワ鳴きやがって、こっちも泣きそうなんだぞ。


「暑い…」


 ひんやりとしたコンクリートに額をつける。

 わずかに涼しい気配を感じたけど、それも僕の持つ熱によって霧散してしまった。

 両腕と両足、それぞれが仲良く引っ付いているせいで剥がしたいけれど剥がれない。

 接着面の熱が溜まっているのがとても不快だ。


「暑い」


 いっそ服でも脱ぐことが出来たらと思うが、それも今は出来ない。

 暴れ回りたい衝動にも駆られたがそんなことしたら地獄を見るに決まっているのでギリギリでこらえた。


「暑い!」

「…ツル」


 頭上から所長が苛立った声で呼びかけてくる。

 先ほどから黙って色々この暑さともろもろから逃げようとしていたがうまく行かなかったようだ。


「なんですか…」

「…次暑いって言ったら、コタツに突っ込んで鍋焼きうどん食わせるからな」

「うっわ! あっ…じゃなかった、なんでそんな残虐なことを思いつけるんですか!」

「昔クソ上司にやられたんだよ…! 最高気温三十度越えの時に!」

「どうしてそうなったんですか…」

「知らねえよ…。なんか我慢大会しようってことになって、モモ含め三人でやった」


 百子さん…。

 絵面を考えかけて、やめた。もっと暑くなる。

 というかどうしてそんな頭の悪そうなことに従うのかな。止めたけど聞かなかったのか。

 多分なあなあで受け入れてしまったんだろうな。


「それで上司さんは?」

「早々にひっくり返ってた」


 だめじゃねえか。

 わざわざ真夏にそんなものを用意する底意地の悪さ、見習いたくない。


「もっと暑くなってきたんですけど…」

「はいツルアウトー」

「今のもですか!? もっと基準を緩くしましょうよ!」

「うっせえな、こちとら暑くてイライラしてるんだよ!」

「はい所長アウトー」

「ちくしょう!」


 アホな言い争いをして息が切れた。

 ただでさえ危機的な状況だというのに僕たちは何をしているのだろうか。

 逆に危機的だからこそ馬鹿馬鹿しいことをし出すのかもしれない。生命の神秘だ。そんなわけあるかよ。


「…まあ、それも無事にここから帰れたらの話だけどな」

「そうですね…」


 現状報告をしよう。

 まず、ここはどこかの倉庫だ。潮の香りと小さく波の音が聞こえるから海のそばだと思える。

 所長はパイプ椅子に両手足を縛りつけられていて、僕はその横でやはり両手足を縛られて適当に転がされていた。

 なんだろうな。オマケ程度の扱いなのだけど僕はこの不満をどこにぶつければいいのだろう。


 どういう状況か一言でいえば。

 ――監禁されている真っ最中だった。

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