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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
三章 レーゾンデートル
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二十二.五話『説教/説教/説教の予感』

 城野の家、ベランダ。

 共に住む義妹は既に就寝しており彼一人だけの時間だ。


『お兄様が荒れに荒れて大変なんだぞこっちは。小杉もなんか変だし、いったいお前はなにをやらかした。そも、何故『国府津』があの場にいたんだ』


 一本の電話がいつまでも終わらないことを除けば。

 正直眠い。

 それに足に貼った筋肉痛に効く薬用シップのにおいが臭い。

 要因が重なり苛ただしいことは苛ただしいが、今までさんざんお世話になってきたので無碍には出来なかった。


 相手は鴨宮五十鈴――『鴨宮』元当主の三人目の子どもであり、二番目の男児。

 記録の上では。そこには椎名百子という人間は含まれていない。

 一つ上の姉三四子と共に当主補佐をしている、とりたてて目立つところもない青年。

 ただ疑問に思ったことは気が済むまで答えを求める癖がある。

 そして今、それが見事に発揮されていた。


「…いろんな理由があるんだよ、いろんな」

『それを聞いているんだ。ケンの友好関係は確かにめちゃくちゃだが、まさかの『国府津アイツら』なんて気が触れているのか』


 目の前に居たら殴っていた、と思いながら城野は紫煙を吐きだす。


「…気が触れていなけりゃ『鬼』退治なんか行かねえさ」

『……』

「それよりなんだ、顔を見てわかったのはおかしくねえか。モモはあいつの名前で身分証作っていたけど、その時気付かなかったのかよ。あんたらを頼ったんだろ」

『いや、それはしてないぞ。あんたが裏の住民と仲がいいようにお兄もそこそこパイプがあるんだ』


 まあそうだろうとは思った。

 血筋なのか、元からなのか百子は元々ハッキングなどが得意だ。

 仮想世界で味方を作ったり敵を作ったりは当然しているだろう。城野が現実でそうであるように。


『おれたちは話は聞いていたが関与していないし、何より名前を聞いただけでは…すぐには気付かなかったかもしれない』

「ん…? わけわからん。ちょっと説明してくれ」

『何年前かな。俺たちがまだ中等部行ってる時ぐらいに、『国府津』『鴨宮』『真鶴(マナヅル)』『湯河原(ユガワラ)』——で、集まりがあったんだ』

「ふうん」

『すごい集まりなんだぞ。裏社会での情報取り締まる連中が集まるんだ。俺たち『鴨宮』は十四年前に下手こいて雑魚犬みたいな扱いになってるんだけどな』


 そういえば、と城野は思い出す。

 初めて前原もしくは国府津咲夜と会った時もそのようなことを言っていなかったか。

 十二年前。あれからおおよそ二年たったから、十四年前。


 『鴨宮』が『国府津』の情報を売ってしまった。

 どのような情報だったかは知らない。

 ただ、『国府津』の逆鱗に触れるには充分だったのだろう。


「うんうん、それで?」

『……お父様もお兄様も嫌がってさ。あいつらプライドだけは高いから。だから代理でおれと三四子で行ったんだ』

「…ほんと、プライドだけは立派だな」

『今更だろ。その時に会ったんだ。———『国府津』当主の夜岸ヨギシに』


 国府津夜岸。

 咲夜の本当の雇い主。

 そして、夜弦の面倒を見るように依頼をしてきた人間。

 横から餌を食ったなら、その罰ぐらいは償ってもいいのではないかと――そう言って。


「…それで?」

『無表情で、当主の後ろに立っていたさ。ボディガードかと思った。でも違う…だって俺たちの家の名前を聞いた瞬間、すごい殺気出していたし』

「それって」

『ああ。紹介も何もされなかったけど、推測だけは出来る。あの男は、『国府津』当主の』



「血をひいている」


 国府津夜岸はこめかみを押しながらつぶやいた。

 中年に差し掛かる年齢だが、その顔に刻まれた疲労はもっと倍の年を感じさせる。


「血をひいている、か。もはや呪いだね。逃れようとも逃れられない罪だ。この原罪を償ってくれる人間は今後出てくるのだろうかと、ぼくは考えるわけだけど」


 広い部屋のはずだがあたりはファイルや書類、いくつかのモニターでスペースをほとんど取っている。

 そのわずかな隙間の一つで前原咲夜――国府津咲夜は座っていた。 

 否。

 土下座をしていた。


「今回の後処理を君はどうするつもりだったんだい。事後報告は困るんだよね」

「はい」

「しかも『鴨宮』の庶子を相談もなく助けに行っちゃって。これでに殺される確率が高くなっても知らないよ?」

「はい」

の記憶がこれで戻るなら我々としてもめでたいけど。でもちょっと暴れただけで元に戻るならもっと前に戻っててもいいよね」

「はい」

「だいたいね。『国府津』の家紋使うならますます連絡が欲しい。『鴨宮』から詫びの電話や訪問が一時すごかったんだから。当主は無能って聞いてたけど、そういうのはしっかりしているのかな」

「はい」

「いや、いいんだよ? 庶子のことは。ぼくだってそんなことで目くじら立てない。同じ事務所の仲間なら助けに行きたい気持ちも分かる」

「はい」

「でも暴れに暴れたらしいじゃないか。困るんだよね、こっちにも準備があるんだから」

「はい」


 はぁ、と夜岸は息を吐く。

 咲夜の元までもろもろを避けながら歩いて行き、未だ土下座したままの彼女を見下ろした。


「咲夜。手、開いて。義手じゃないほう」

「はい」


 おもむろに屈んで手に持っていた千枚通しを、咲夜の生身の方の指の股へ突き刺した。血がわずかに飛び散る。彼女は身動きもせずにそのままだ。

 引き抜いて、隣を突き刺す。それを合わせて四回繰り返した。


 やがて疲れたように夜岸は千枚通しを引き抜くと立ち上がり深々とため息をついた。

 咲夜は泣きごとを一言も言わずにただじっと土下座の体制から動かない。床に血がじわりと広がっていく。


「君、これだからなあ。やりごたえがないっていうか。ま、それが今回の制裁ってことで」

「はい」

「まだ仕事もあるしね。頼み事もごまんとある。ちょっとのおはしゃぎには目をつぶろう。なんだか『鴨宮』は必死に今回のことを後処理しているのも見ていて面白い」


 でも、と夜岸は――『国府津』当主は冷たい光を湛えた目で咲夜を見た。


「今度連絡なくやらかしたら、君の同居人の指を全部潰す。君にやらせるよ。いいね」

「……分かりました」


 初めて言葉に揺れが生じた。

 結局は、これなのだ。咲夜に通じるダメージは、同居人への危害。

 扱いやすいようで扱いにくい。


「はい、説教はおしまい。頼んだことはしっかりね」

「かしこまりました。では、また定時連絡の時に」


 空気が弛緩した。

 血の雫を書類の上に落とさない様に気を付けながら部屋を出ていこうとする咲夜に、夜岸は小さく問いかけた。


「…は元気だったかい?」

「とても。こう言ってはなんですか、毎日楽しそうですよ」

「そうか、それならよかった。()()らしくいれるのならば、それで」


 咲夜は、何も言わずにただ頭を下げて退出した。

 が今頃何をしているか考えながら。



「あれ…?」


 こう、ナイフ投げがうまく行ったので自室でレッツチャレンジしてみたがうまく行かない。

 包丁があるじゃん?

 手にスナップきかせるじゃん?

 投げる。

 的代わりに用意した段ボールには刺さらずに、そのまま情けなく下へ落ちた。


「運が良かっただけかなぁ」


 これで窮地を脱したとは思えないぐらいだ。夢だったんだろうか。

 もういいや、寝よう。

 そう思って布団に潜り込むと隣のバカップルがお盛んなお盛んしていた。

 こっちも疲れているというのに。

 殺意を覚えながら近くにあった鋏を壁に投げつける。

 トッときれいに壁に突き刺さった。


「え」


 なんで今うまくいったんだろう。

 しかも刺さりにくそうなのに。勢いかな。

 殺意?

 いやいや、そんなまさか。


 とりあえずバカップルは止まらないし、壁に開いた穴、どうしよう…。

 大家さんの息子怖いんだよなぁ…。







三章『レーゾンデートル』 了

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