二十二話『良い子はコンセントに異物は入れないようにね』
「…えーと…ゆ、夢を見ました」
女性陣からは床より冷たい目で、所長たちからは驚いた目で見られる中どうにか言葉を絞り出す。
気まずい空気をなんとかしなくてはならない。
「とりあえず起き上がれよ…」
「ピサの斜塔を真っ直ぐに戻す夢でした…」
「観光業界マジ切れの予感」
よし、掴みはオッケー。ますます駄目になった気もするけどな。
「なんだ、起きたのか。じゃあそろそろ帰るか」
「そうだね。付き合ってくれてごめんね」
「いえ」
本当は百子さんが目覚めるまで待っている予定だったのだが、こっちが寝てしまった。
足の筋肉痛がわずかながらに牙をむき始めているので帰ったらマッサージしなくてはならない。
「みんな、本当にありがと」
顔にガーゼ、指は包帯ぐるぐる巻きの痛々しい姿ながら、百子さんは笑った。
昨日のあの寂しい印象のある笑みではなく、普段通りの明るい顔だ。
髪が短くなったせいで幼く見える。
「まさかみんなで突撃なんてやらかすとは思わなかったけど」
「良心がいませんから」
「ああ…もういけーやっちまえーって感じですかね」
「どこの戦争直前の国なの…」
脳筋しかいないから仕方がない。
「でも、一樹の馬鹿には手を出したらヤバいって思わせられたからいいかな。ヒメちゃんも、ありがとう」
姫香さんはわずかに首を振った。
結構毒吐いていたからなぁ。
鴨宮一樹がこれ以上手を出さないとは思えないが、些細な事ではこないだろう。
たてこもり犯が大体死んでましたなんて怖すぎるよな。
今のところ警察が押しかけてきたりもないので、うまいとこ隠されているらしい。僕によそよそしかったあの姉弟のお陰だろうか。
「あ、ウイルス。解除しなくてよいのですか?」
咲夜さんの言葉で僕も思い出す。
あの秘書を青ざめさせた、データの送信ウイルスだ。
まだ発動には時間がある。
百子さんはきょとんとした後に思い出したように「ああ」と言った。
「あれ、嘘」
「えっ」
「まさか三日で仕込めるわけないよ~。がんばれば仕込めたかもだけど」
自信はあるんだ。
「一樹に忠誠を捧げているのを利用させてもらったの。ハッタリだよ。うふふ、まさかあたしがケンちゃんの真似をするなんてね」
「で、でも具体的に知っていたじゃないですか」
「ウイルスに絡ませてないだけで、内情は把握しているよ? こういう時の為に弱みは握っておかないとね」
うわあ、敵にまわしたくない。
「一樹には体調が良くなり次第ウイルス押し付けるけどね。検索プログラムを使ってエロ画像をとにかくあいつの使用機器にぶち込んでいこうかなって。うふふ、きっと何人かの手を借りないと駆逐できないから恥ずかしいことになるよね~」
えげつねえ。
所長が呆れた顔をする。
「そこまで考えていたのかよ。まったく小杉の時は冷や冷やしたぞ…」
「ヒメちゃんを盾にした人が良く言うよ~」
「あれは致し方ない作戦だったんだ、なあヒメ?」
「……」
姫香さんは何も反応しなかった。
所長が言い訳を始めたので僕たちは荷物をまとめて帰り支度を始める。
今日はさすがに隣のバカップルもケンカしないでほしいけどな。寝かせてくれ。
「あ!」
百子さんが叫ぶ。
「そ、そういえば退職届出したけど…あの、なんていうか、あたし、戻っても」
「ああ。あれ燃やしたから」
「燃やした!?」
「そもそもああいうのは二か月前に出すんだよ。俺に直接渡してもないし、むしゃくしゃして焼いた」
「焼いた!?」
「だから無効。気にせず戻って来い」
安堵したように、彼はうなづいた。
実際は燃やさずにぐしゃぐしゃにして捨てたのを見ているが、そんなこと口に出す必要もないだろう。
でもよかった。またいつも通りにみんな揃うんだな。
そうだ。はたと気になっていたことを思いだした。
「そういえば、百子さん」
「ん? なに~?」
「仮に、この事務所が嫌で嫌で仕方なくて辞めるとき、やっぱりウイルス仕込むんですか?」
「ううん、やらないよ」
おや。
「コンセントに瞬間接着剤流す」
アナログか。そして大迷惑だった。
あけましておめでとうございます。




