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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
三章 レーゾンデートル
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二十話『百子とゆかいなきょうだいたち』

連続更新しています。三回目

「あ、ドア開く」

「開かなかったらどうするの~」

「ヒメにパソコン持ってこさせたんだ。あんたならできるだろ」

「うわ嫌だ~。怪我人使わせるの…」


 そんなことを言いながら無事脱出した。

 返り血を拭い、ふらふらと外に出る。

 規制がされているかで全く野次馬はいない。そのかわりに控えていた警察の人や重装備の――恐らくは対テロの特殊部隊の人たちが唖然と僕らを見ていた。

 言い訳どうしようかなと考えつつ出口らしいところを目指す。


 おおい、と二人の影が近づいてきた。


「百子お兄ちゃん!」

「百子お兄!」


 双子かな。どこか顔が似ている男女が手を振っている。


「なんであの子たちがいるんだろ」

「俺が頼った。あんたを連れ戻してほしいと、依頼されてな」

「そっか…」


 百子さんの口がほころぶ。

 関係はいいらしい。


「良かったぁ!」

「無事か。病院は手配してある」

「ありがとう、二人とも…まだ話は終わってなくてね、人質がいるの」

「うんうん、そこはこの後何とかなるよー! 立てこもり犯は?」


 僕たちはお互いに顔を見合わせ気まずく明後日の方向を見た。

 さすがに裏の社会に身を置いているからか三四子さんはすぐに分かったようだ。


「ゴミ掃除先にしてくれてありがとね」


 過激なこと言うなこの子。

 姫香さんと同い年かそれよりちょっと上ぐらいの顔してるのに。姫香さんの年齢も分からないけど。

 遅れてついてきた妙齢の女性にいくつか指示を出すと、彼女はぺこりと頭を下げてどこかへ行った。あの人も秘書かな。


「主にそっちの二人だけどな。やってくれたの」

「そうなの? すごい強い人入れたんだねー!」


 三四子さんと五十鈴さんは僕の顔を見て、固まった。


「えっ…」

「なんで」


 そんな怖い顔していただろうか。

 距離を置かれた。ハートが傷つくじゃないか。僕は繊細なんだぞ。

 所長は気まずそうに目を泳がせた。


「ああー…、所員。部下だ」


 もっとはっきり言ってくれ。

 めっちゃ不審げな目で見られ…てない。目を逸らされている。傷つく。


「部下って…なにがどうしてこうなったの?」

「長い話があるんだよ。記憶なくしているんだ」

「どうも、記憶失くしている夜弦です」


 ここぞとばかりに自虐ネタを入れたが反応は良くなかった。

 滑りっぱなしじゃないか僕。


「…どうも。今回はありがとうございました」


 馴れ馴れしい!

 なんだろう、もしかして僕何かやらかしてしまったのだろうか。思い当たる節がないんだけど。

 記憶を失う前のことだったら謝る以外出来ない。

 だけどそんな様子でもなさそうだしなぁ。やっぱり顔が怖かったのだろうか。

 待てよ、自分で言うのもなんだが僕は好青年っぽい外見だぞ。所長スキンヘッドよりは怖くなかろうて。

 返り血でもついていたか。そういうことにした。


 悶々と悩んでいると、五十鈴さんの方に電話がかかった。

 短く通話を終えると肩をすくめた。


「お兄様がこっち来るって」

「じゃあ行かなきゃ。ごめんね」

「うん、ありがとうね。二人とも」


 お兄様…鴨宮一樹か。

 百子さんと接触しているのを見られたら不味いんだっけ。

 ここまでやる男なんだから、そりゃあばれたら不味いよな。


「どうする。こっちも無視していくか」

「いいよ。わざわざ会いに来るなんて珍しいし」


 優しいな、百子さんは。

 優しいっていうよりは何か考えている顔だけどな。

 一発殴ったりしても文句はないだろう。


 ずんずんとやってきたのは、百子さんの顔をきつめにした感じの青年だった。

 護衛みたいなのもついてくる。うーん、容易には殴れなさそう。

 スーツ、黒サングラスと映画の中みたいな屈強な男に囲まれている人間がそこまで強くなさそうに見えるの、やっぱ背景って大事だなって思うよね。


 さっきのきょうだいとは違い、数メートル以上の距離を開けて彼は立ち止まった。

 僕たちには目すらやらず、ただ百子さんだけを見る。


「生き汚いな」


 お、初っ端からエンジンバリバリにかけていくスタイルか。

 百子さんは慣れているのか、ほほ笑むだけだった。


「存在価値もないくせに、よく生きて」

「ある」


 食い気味に発言したのは姫香さんだった。


「ある。私たちに、ある。お前が決めるな」


 一同目を丸くした。

 姫香さんにしてはかなり辛らつな言葉だった。


「性別、名前、取り上げて。生き方、歪ませて。それでも、まだ、百子、怖いのか」

「なっ…」


 慌てて口を塞ごうとしたら手をはたかれる。兄貴と同じことをするのか。

 というか拒否られたよ。ショックすぎて死にたい。


「私の、仲間だ。お前になんか、殺させない。———いや」


 姫香さんは鴨宮一樹の目をじっと見た。

 相手はわずかにたじろぐ。


「殺したこと、ないな、お前。あの秘書は、たくさん。おまえの代わり、手を汚したか」


 ———彼女は。

 責め立てるでもなく、救うでもなく、ただ当たり前のように事実を話しているだけだった。

 どこまでもその裏については無関心だった。


「———そこまでにしよ、ヒメちゃん」


 百子さんは優しい手つきで姫香さんの頭を撫でる。素直に受け入れた。

 僕は何ではたかれたんだろう…人望の差かな…。


「でもそうだね、あたしからも一言言わなきゃ…」


 腹違いの兄弟が、顔を合わせる。

 どんな想いがその間に流れているのだろうか。

 やがて、百子さんが口を開いた。





「奥さんのご懐妊、おめでとう」





 鴨宮一樹は絶句する。

 それと同時に百子さんはぶっ倒れた。


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