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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
三章 レーゾンデートル
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十九話『トロイ!クラッシュ!オーバー!』

二回目

 秘書が銃を拾い上げるまで、僕が蹴りを叩きこめる時間はある。

 足に力を込めて相手の動作の一つ一つに注意を払う。


 後ろでよろよろと百子さんが立ち上がった。


「モモ、無理するな」

「無理しなきゃ。だってこれ、あたしのことだもの…巻き込ませたぶんは、やらないと」


 好きで巻き込まれに行ったんだけどな。

 それに、巻き込まれているのはむしろ百子さんの気もするが。

 責任感が強い百子さんのことだから、このまま流されたくないらしい。


「小杉さん。…実はですね、そちらのサーバにウイルスを仕込んであるんだ。一部ウェアラブルにも」

「…今、なんと?」

「会議が終わっただろう朝の六時、そこから二時間後の朝八時に、ウイルスが発動するように」


 そんなに長い間会議する予定だったのかよ。

 十二時間。

 何をそんなに話すことがあるんだ。遊ぶの?


「ご冗談はおやめください。そのようなこと、一市民として身を置いているあなた様には――」

「出来るわけがない? それは違うよ。その認識は誰譲り? まさか、一樹ではないよね。『~だからできるわけがない』だなんて、バカげている」


 痛そうに腹を抱えながら、百子さんは続ける。


「小さな子供でも包丁で大人を刺し殺せるように、一般人だってそれなりのものがあればウイルスを作ることなんて容易だよ」


 秘書を庇うつもりではないが、ひとこと言わせてくれ。

 その理屈はおかしい。

 いくらなんでも仮想世界でウイルスを作ることは難解だと思うぞ。


「三四子と五十鈴、両名を使っても解除は半日はかかるかな。もっと早いかな。どちらにしろ、気付いた時には時間オーバーだね」

「…それで、なにが起きると? クラッシュ? それとも流出?」

「大人数を不幸にさせるものではないよ」


 唇を紫に染めた秘書へ、百子さんは少し気の毒な顔をした。


「あなたが鴨宮一樹に見せる前に破棄したデータ、およそ百件。それらをすべて一樹様の使用する機器に流し込みます」

「……!」

「破棄データ? なんだそれ」

「見せたくないものがあるんでしょう? あたしもちょろっとみたけど、例えばお金勝手に使いすぎているよね」

「そりゃあ…だめだな…」


 信用ガタ落ちだ。


「信用が売りのあなたには手ひどいことだろうね。最もあなたほど優秀な秘書も居ないから解雇はされないけど。一樹の粘着っぷりはあなたが一番知っているのではないかな」

「なんとも酷いことをなさるのですね」


 その声に混じるのは恐怖か、怒りか。

 どちらにしろ殴ってきたのはあっちだ。形が違うが反撃して逆切れされるいわれはない。

 むしろ周り(僕たち)がやりすぎているっていうのもあるけどね。


「そりゃあ、あの男――鴨宮零示レイジの血をひいているから。そういう嫌がらせの精神はばっちり受けづいているよ」

「あなた様に連絡をしたのは三日前です。その間に作り上げたのですか」

「もちろん。不完全だから穴だらけだけどね。まあ、情報を流すだけだからそれでいいかなって」


 ふ、と息をつく。


「もう関わらないでください。きっと外に一樹がいるから、あたしからも言うけど。『鴨宮』の人間じゃないって。あたしは、あたし。椎名百子」

「……あなた様が…誰であろうと、一樹様の悩みの種だというのに…」

「彼、まだ引きずっているの? 十年前にあたしのパソコンにトロイ突っ込んできたから送り返しただけなのに。

 それともその後にデータクラッシュしかけてきたから検索プログラムを使ってネットから拾った画像をどんどんあっちに注ぎ込み容量を圧迫させたこと?」


 『だけ』じゃねえだろ。やりすぎだ。

 多分まだ学生時代だろう、どっちも。


「何を考えたか、彼があたしを見下して――普通の学生のあたしを見下して、ケンカを吹っ掛けたのがいけないよ」

「あれ以来、一樹様は比較されるのですよ。腹違いの兄のほうが能力がある、と」

「知らないよ。あたしのことじゃないし」


 冷めた言い方だった。

 追放され、性別を奪われた彼には本当にどうでもいい話だろう。


「行こ」

「あ、ああ…」


 僕たちはゆっくりと歩き出す。

 目の前まで来ても、通り過ぎても、秘書は動かなかった。

 咲夜さんは自分のナイフを回収して、ついでに銃から弾も抜き取った。


「———あたしを殺したい気持ちは分かるよ。一樹にとっては、小杉さんだけが味方みたいだからさ。あの時の毒も小杉さんだよね、盛ったの。苦かったよ、ごちそうさま」


 どんな気持ちで言ったのか。

 僕には――分からなかった。


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