十五話『所長さんは心配性』
彼ではありませんようにと、どうか僕たちの思い違いであってくれと願っていたことは裏切られた。
二十五階———。
十人ほど武装集団がいて、最終結果だけ報告すると五人死亡、二人重症、三人軽傷。
彼らの名誉のために言うと、弱かったわけではない。それどころか訓練された人たちなのだろうと動きで分かった。
だからこそこちらは手加減が出来なかった。
避け損ないわずかに攻撃が当たった頬がひりひりする。
人質に銃を向けた人間を殺し、こちらに銃口を向けた人間を殺し、逃げようとした人間の骨を折り、掴みかかってくる人間の首を折り――
僕にもう少し余裕と技術さえあれば平和的にこの場を収められたのかもしれないが、それは無いものねだりというものだ。相手も運が悪かった。
――なによりも。
ちら、と横目で所長の様子を伺う。
酷く抵抗していた一人を後ろ手に縛り上げていた。まだ暴れるならちょっと一発食らわせたほうが良いかな。
彼は弱いわけでもないが、強いわけでもない。それは本人も自覚しているはずなのに、無謀にも突入していったのだ。
ここで死なれてはこちらとしてもたまったものではない。
夢中で援護をしていたら思ったより惨状が出来上がってしまった感じか。
まったく、自由行動が多すぎではないだろうか城野義兄妹は。
今回は姫香さんの方が幾分大人しいというのに。なにか判断基準がおかしい気もするけど。
ここまでする理由に、百子さんが心配だという以外になにがあろう。
だけど、死に物狂いで取り戻しに来て自分が死んだらどうするんだ。そんなの、救われないじゃないか。
視界の端でいそいそと咲夜さんが生存者を拘束している。
僕も手伝おうとしたけれど、「所長を監視していてください」と言われてしまったのだ。
言い方からして今の彼からは目を離せないということだ。
ナイフを借りた姫香さんが咲夜さんのやっていることとは真逆の、人質の拘束を解いてる。
どうにか縛り終えた所長は一人ひとり確認するように人質のオッサンたちを見ていく。
……。実は、僕はもう分かっているのだが。
これは本人が自力で分からないとだめだ。
外部から行っても聞く耳を持ってくれないだろう。
「……」
所長は拳を握りしめた。
気付いたか。
そう、この場に、百子さんの姿は無い。
「ここに、鴨宮百樹はいなかったか?」
手ごろなところにいた男性に縋るように質問する。
僕はすぐそばで所長が興奮して何かやらかさない様に見守る。
「鴨宮百樹?」
「鴨宮一樹の代理かなんかで来たはずなんだ」
「ああ、やっぱり身内だったのか。道理で顔が似ていると」
「そんなことはどうでも良くて!」
元からこうなのかのんびりとした返答に所長はいらだつ。
それを見て取ったすぐ隣の男性が口を挟む。
「椎名百子と名乗っていた子だろう? 彼…彼女? どちらにしろここにはいない。助けるなら早く行くんだ、上に連れていかれた」
「上?」
そうだろうなとは予想していたが。
ひとつひとつ部屋を見ていくわけにはいかない。ならば、人に尋ねてみよう。
縛られてなおもウゴウゴしている元気な武装集団の一人、こいつに話を聞けばいいだろう。新鮮ぴちぴちだしすぐには死にそうもない。
体重をかけ、肩を踏みにじる。
痛いだろうな。だって所長が肩を外していたの知っているもの。
「らしいけど、君何か知らない? 待ってる時間は無いから早くね」
あっ、力加減しないと。このまま砕いてしまいそうだ。そんなことできるかは別として。
「上!」
「知ってるよ。何階かな」
む、痛すぎて質問の意味わからなかったかな。
足をどけてやる。
「二十七か、八…!」
「だそうですよ、所長」
「おう」
彼は死体から武器を剥ぎ取り、弾の残量を確認する。
手馴れているな。
一般人に近いアウトローなのは間違いない。ならば僕はなんなのか。
「ツル、ヒメ、サク。行くぞ」
ここの人たちは放っておいて大丈夫かと思ったが、武装集団はだいたい死んでるか拘束されているし、なにより連れていく意味がないからいいか。
この後に正規の救出隊が来てくれるだろうし。多分だけど。
「リーダーだけは殺すな。誰の差し金か、本当の目的は何か聞き出してやる」
普段通りの声音なのが恐ろしかった。
エレベーターは依然として危険だろうから非常階段を使う。
次々に各チームが倒壊している今、些細な動きにすら敵はピリピリしているだろうからエレベーターだって相手が味方かどうか確認しないまま撃ちこんできてもおかしくない。
所長は元から持っていたのを今まで忘れていたのか、誰かから押収したかまでは不明だが利き手にメリケンサックをつけていた。
殺る気満々じゃないか。




