十四話『アニソコリア』
どうやら僕は射撃の腕は下手くそらしい。
だから身体能力強化にステータスを振ったのだろうか。それとも射撃を犠牲にして身体能力強化をしたのかな。
まあ、どっちでもいい。
この中で最も危険度の高そうな武器を持った男の肩を狙おうとして、結局二の腕をかすっただけに終わった。当たっただけ万々歳か。
明らかにひるんだのでそのまま追撃しようとしたら、
「ああ…もう…」
咲夜さんが後ろからため息交じりにナイフを投げた。
トスッと軽い音とともに男の首元に刺さる。彼は何が起きたか理解できないらしく、不思議そうにナイフを抜いてしまった。
首から血が噴き出る。訳が分からないと言った顔でその場に倒れた。
咲夜さんはそれを最後まで見届けずに窓にいる一人へと突き進む。
じゃあ僕は無線機を持っている方に行こう。
こういった場面は慣れているのか、相手は騒がずに持っていた無線機で僕のこめかみを殴ろうとして来る。
手首を押さえて防ぐ。拳銃を放り投げ、空いた手で掌底打ちを見舞った。
アッパーでも良かったが、そちらの方はかなり威力が増してしまうので力加減の不器用な僕は避けたほうが良いだろうと思ってのことだ。
相手はそのまま仰け反るようにして倒れ――後ろにあったテーブルに強かに頭をぶつけて、跳ね、床に落ちた。痛そう。
同時にすさまじい音がしたので慌ててそちらを見ると、咲夜さんが窓際にいた一人の首根っこを掴んでガラスとゴッツンコさせた音だった。頑丈なものらしく割れてはいないが、ヒビは入っている。
窓に血の跡を残しぐたりと床に沈んだ人間から手早く武器を没収した。うーん。手際がいい。
所長が僕の掌底打ちを食らった人の呼吸を確かめて驚く。
「やればできんじゃねえかツル、まだ生きてるぞ」
「僕への期待値が低い」
「おい、起きろ。いろいろ質問があるんだから。もしもし? ・・・やべえな、深い呼吸してないか」
「え、どういう意味ですか」
「脳挫傷の可能性もあるってことだ」
頭の中が傷ついたってことでいいだろうか。確かに何の受け身もなく転倒したけれど。
咲夜さんが焦れたように助言を飛ばす。
「狸寝入りの可能性もありますよ。瞳孔の左右差はどうですか?」
「ああ、待て…」
瞼を開く。
そっと元に戻した。
「……。サク、そっちは生きているか」
「はい。意識も戻って来ています」
「じゃあ目を覚ませるほうに質問に答えてもらおう」
所長は僕が投げ捨てた拳銃を拾い上げると一瞬躊躇した後に昏倒している人の頭を撃ち抜いた。
血しぶきがかかる。
「……どうしたんです?」
「病院に行けば間に合うかもしれないが、まあ、望めないからな」
「それなら別に放置していてもよかったのでは? でもいきなり息を吹き返すっていうのもあるか…」
「ただの俺のわがままだ。なにも苦しませてまで殺すつもりはない」
元は僕がやらかしてしまったことなのでこれ以上は何も言えなかった。
苦しませてまで殺すほどか、ねえ。この人たちにそんな価値はあるのかな。
所長は少し憐みの心を持ち過ぎではないかと思う。それとも僕がおかしいだけなのか。
窓ガラスと濃厚なキスをしたほうは確かに目を覚ましていた。
頭からだらだらと血を流しているが、こちらも脳みそは大丈夫なんだろうか。
今起こったことが呑み込めないと言った風だったが、拘束される痛みに大体は察してくれたらしい。
「質問に答えろ。それとも沈黙の代償に歯でも抜いていこうか?」
お前さっきと言っていること全然違うじゃねえか。
まあ、状況が状況だからな。
「ち、ちゃんと生かしてはくれるんだろうな?」
「別にあんたの命まで取る気はない。どうなんだ、答えるのか?」
「答えるよ…」
うだうだ言っていたが所長の顔がどんどん険しくなっていくのを見てとり、大人しく頷いた。
そのほうが良い。ただでさえ気が立っているんだから。
「人質はまだ生きているのか」
「生きている…はず。交渉決裂とならなければ」
初っ端から歯切れが悪い。
「最初から殺すつもりは?」
「……」
「どうなんだ」
「こ、こちらの脅威を見せつけるために一人二人は…」
「予定としては誰を殺すって決めている?」
「え…と、若い女だ」
あいにく、僕たちは会議出席者の名前も見ていない。だから女性がいるのかまでは知らない。
嫌な予感を必死で振り払う。
「ん? 男の格好をしていたから男か? とにかく、一番若いやつだった」
所長の表情は、変わらない。
ただ声は微かに震えていた。
「なぜだ」
「家紋付きの車に乗っているのを見たからだ。あの若さならよっぽど偉いだろうと――死ねばどこかしら影響が出るだろうと、リーダーが」
確定はできないが――でも、百子さんだとしてもおかしくない情報だ。
「今はどうなっている?」
「さあ…女だったら服を剥かれているだろう。あの見た目で男なら…どうなっているか」
あの車に乗せた理由は、そう言う意図もあったのかな。
嫌でも目立つし、確かに一等偉い人に見えてもおかしくない。何より印象を残せる。
「…モモ」
所長はか細く呟いた。
なんて顔をしているんだ。
たった一人の言葉に左右されるなんて所長らしくない。まだ死んだと決まっているわけではないんだぞ。
引っ叩いても良かったがそれは最終手段として発破をかける。
「所長。ここで立ち止まっている場合じゃないです」
「咲夜さんの言う通り、まだ間に合います。行きましょう」
姫香さんが所長の腕を引っ張る。
なにかを察したのか、足元の男は唇を吊り上げた。
「もう死んでいるかもしれ」
やかましいので喉元をつま先で蹴って呼吸困難にしておいた。
アニソコリア―—瞳孔不動の意




