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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
三章 レーゾンデートル
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十三話『バリケード』

 いまごろ二十四階はお祭り騒ぎだろうなと考えつつ急いで上っていく。

 階段の上と下だったら、どう考えても下の方に利はない。なにか転がされただけでもダメージを食らう。

 それによほどの馬鹿な集団でなければ対策の一つや二つしていてもおかしいことはない。


 ――ほら、考えた先からこれだ。


 二十一階と二十二階の半ばにそびえ立つ、机と椅子を縦に置いた簡素なバリケード。

 この短時間で作ったにしては効果的だ。

 どかせられるかと見てみれば紐で補強をしてある。

 しっかりと足止めの役割は果たされていて、しかもひとつひとつ切っていけるほど時間は無限ではない。


 あらためて全体を見る。

 うん、よじ登れば越えられそうだ。

 全く同じことを思っていたらしい所長が強度を確認する。


「一人ずつだな。先行は?」

「では、私から」


 そう言うと咲夜さんは軽々と乗り越えていく。向こう側につくと、着地点が安全であると報告してくれた。

 二重三重にトラップが仕掛けられていないようで良かった。


 次は姫香さんが、と彼女の方を向く。

 少しばかり困ったような雰囲気で姫香さんはバリケードを見ていた。

 どうしたんだろう。そういえば姫香さんがアクティブな動きをしているところを見たことが無いな。アクティブな行動ならあるけど。

 ああ、そうか…ちょっと考えてみればわかることだった。

 登る自信がないのだろう。


「姫香さん、僕の背中に掴まってください」


 ならばと彼女の前で屈み背中を見せる。

 人ひとり背負っても、慌てずに慎重に動いて行けばうまくいくだろう。


「……」


 当の姫香さんはきょとんと僕を見ている。

 ああ、これ、ステップすっ飛ばしすぎたな。

 それか本当は登れるけれど途中で崩れないか不安なだけだったならどうしよう。

 向こう側で咲夜さんが「どうしましたか?」なんて聞いてくるしもう恥ずかしい。


「あー…ヒメ、おんぶするってよ。ツルが」

「なぜ」

「逆に問うがあんたこれ乗り越えられるか?」


 ふるふると姫香さんが首を横に振る。

 じゃあ、と所長が僕を指さす。


「お馬さんに運んでもらえ。その方が楽だぞ」


 馬って。

 少々腑に落ちないところがあったものの、姫香さんは大人しく僕の背中に被さり首に手を回した。

 ただ単に僕の行動が理解できなかったみたいだ。それもそれで恥ずかしいのだが。


 立ち上がる。やっぱりというか、軽いな。

 長時間でなければとくに支障が出る重さではない。

 それよりも背中が柔らかいんだけどこれはなんだろう。フニフニしている。

 ……。

 そうか、おっぱいか。めっちゃおっぱいだ。

 こんな非常時におっぱいで頭がいっぱいになるのは男のさがだろう。そうしておく。



 煩悩を殺しまくりながらクライミングを終えることが出来た。

 胸のドキドキを絶対背中越しに感じたと思うのだが姫香さんは変わった様子もなくノートパソコンの安否を確認していた。


「よし」


 最後に所長が来た。


「さて、二十四階が近いが。ここは確か二十八階まであるんだよな」

「はい。せめて百子さんがどこにいるかだけでも知りたいものですが…」

「嫌でも知ることになるだろうよ。表はどうなってるんだろうな。変に犯人を怒らせてないといいが」


 懸念はそこだった。うまく交渉をしてくれているといいのだが。

 でももし三四子さんの言う通り人質が『死んでもいい人間たち』だったとするなら、片手間な対応をしていてもおかしくはない――。

 最悪の予感を振り払う。


 体力の温存もあるので無言で進んでいく。

 一応その階を覗いていくが誰もいなかった。さっきの人たちがイレギュラーだけか。

 いや、イレギュラーなのはこちらも同じようなものだな。

 まさか探偵が一人の退職届をきっかけに殴り込みに来ているなんて想像もできないだろう。


 ――ようやくの二十四階だ。


 咲夜さんが先に行くとジェスチャーで伝えてきたが、僕はそれを良しとしない。

 それはこちらの役割だ。仮に開けた瞬間攻撃されて僕が倒れたとして、この背を踏んづけて迎撃に行く人がいるべきなのだから。

 主戦力としてかなり咲夜さんに比重が行っているのは分かっている。かくいう僕も彼女を頼ってしまっている。

 だからこそ、今咲夜さんが倒れてしまったら戦力だけでなく士気が下がってしまう。

 知識がろくにない人間にされても迷惑なだけだろうが、盾としてなら役に立てる自信がある。


 咲夜さんは厳しい目をして囁く。


「だめですよ夜弦さん。私が――」


「大丈夫だから、咲夜」


 つきんつきんと小さな頭痛。いきなり酷くならなければいいのだけど。

 ほとんど反射のように続ける。


「ここは僕の死に場所じゃないから、死なないよ」


 でも、どこに死に場所があるというんだろう。

 終わる時を見失っーーて……


 なんの話だ。


 刺すような痛みの後に頭痛が霧散する。

 シャボン玉が弾けるように白くなりかけていた思考がクリアになった。

 今なんか変なこと口走ったよな。まだ寝ぼけているのだろうか。

 死に場所? どういうことだ。


 咲夜さんは目を見開いていた。


「夜弦、さん?」

「あ、すいません。大丈夫です、本当に。後続は任せました」


 ごまかすように早口で言うだけ言うと、返事を聞かずに僕は部屋の中へ飛び込んだ。


 あの発煙手りゅう弾のせいか、薄くスモッグがかかっていた。

 それでも人影は見える。三人。

 一人は無線機を片手に、一人は窓側に、一人は武器を携えているが――引き金には指をかけていない。

 僕の力を過信しすぎないように。

 だけど、ああこれなら、と思ってしまう。


 これなら、僕でも殺せる。


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