表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
三章 レーゾンデートル
69/278

十二話『探偵事務所−ツッコミ=』

 ここで何をしようとしていたか。死体となった彼はもう21gの見えない質量として身体から抜けてしまったので細かいことは分からずじまいだ。

 ただ保温ポットとカップとシュガースティックが綺麗に置いてあったのを見るに、お茶くみとしてパシリでもされていたのだろう。今ならまだ余裕はあると。

 憶測でしかないけど。


 彼は殺すべき人間だったのだろうか。今更ではあるが、考えてしまう。

 罪悪感はないけれどその人の裏背景が見えるとなんとも言えない気分になってしまう。


 所長が死体を見下ろしながら嘆息した。


「ツルがやりすぎてしまうのはもう仕方ない。今度尋問するときは俺とサクでうまくやるしかないな」

「そうですね」

「いや、いやいやいや…ちょっと待って。ちょっと待ってください。諦めないでください」


 僕の批判は華麗に無視された。なんて悲しい世界だ。

 確かに加減はそんなにしなかったけど…。


 よく考えてほしい、僕そんなに前科ないはずだぞ。

 ……。

 ないと思う。


 所長は足元に落ちている自動小銃を持ち上げた。

 まじまじと観察して、息を吐いた。そっと持ち主したいの胸の上に置く。


「銃身が歪んでるんだけど…なにやった?」

「蹴りました」

「それから?」

「天井に当たった…かな?」

「どんなパワーだよ。そりゃあ、死ぬよな…」


 彼は遠い目をして窓の外を見る。僕もつられる。

 人が遠い。ここからおちたら絶対に死んでしまうだろうな。


 ひっくり返せば誰にも逃げ場はないのだ。

 人質にも、犯人にも、僕たちにも。

 上等だ。そのほうがいい。

 追い詰められても逃げることができないということは、追い詰めても逃げられないということだ。


「こんなところで時間潰している場合じゃねえな。ヒメ、動けるか」


 近くの椅子でぶらぶら足を揺らしていた姫香さんは小さく頷いた。


「…サク? なにをしている?」

「ああ、いえ」


 エレベーターをじっと眺めていた咲夜さんは一度こちらに目をやったが、また視線を戻した。

 腰から何か引っ張り出した。あれは…。


「発煙手りゅう弾です」

「なんでそういうのがさも当たり前のようにでてくるんですか」

「夜弦さん、世界には不思議が溢れているんですよ」

「溢れすぎていて溺れそうなんですがそれは」


 我ながら結構センスのいい返しをしたと思ったが打ち切られた。

 夜弦先生の次回作にご期待ください。


「これをエレベーターの中に突っ込んで陽動作戦に使うのはいかがでしょうか」

「力技でどうにかしようとすんのやめろ。まだ俺たちの存在が知れていないなら、それまで大人しく動いたほうが良い」

「はぁ。分かりました」


 ちょっと不満げだった。

 もしかしたら脳筋のほうが比率が高いのではないだろうか、このパーティー。姫香さんは不確定要素だけど。

 彼女が大人しく手りゅう弾をしまい、エレベーターに背を向けた時だった。


 ゴン、とエレベーターの稼働音がする。

もちろん咲夜さんはボタンなど押してはいない。


「バレたか!? 無線も来ていないのにどうして…」


 疑問に思っている暇はない。

 

 十六階ここを目的地としているのならばもう猶予はない。

 こちらの事情など微塵も知らず二十四階から始まり二十三階、二十二階、二十一階と少しずつ降りてくる。


「下がってください。不意打ちならこちらが有利です」


 踏んだ場数が違うのだろう。

 珍しく狼狽える所長とは正反対に、咲夜さんは落ち着いた素振りで腰のナイフを掴む。

 僕も慌てて扉に標準を合わせる。よっぽど変な乗り方をしていなければ身体のどこかしらには当たるはずだ。


 ポン、と。

 果たして十六階にそれは来た。

 滑らかに扉が開く。

 現れたのは僕たちのように、いや、それよりももう少し武装した男だった。


「横山、手伝ってやる――」


 言いかけて、目の前に立っていた咲夜さんに驚いて止まる。

 すぐには理解できなかっただろう。まさかイレギュラーがいるだなんて思いもしなかったに違いない。


「…どこの人間だ…横山は…」


 彼女は答えずに手袋をはめた左手で男の首を引っ掴んだ。

 およそ人間の腕から出る音とは思えない軋んだ音が鳴る。


「あっ…が…」


 ポーンとエレベーターの扉が無情にも閉まる。そこへ咲夜さんは男を押し付けた。

 男の顔色が青白くなっていく。掴んでいる手を爪で掻くが、彼女は痛みの表情を一つも見せない。

 そろそろヤバいというときにやっと手を離した。彼はそのまま落下し、彼は尻餅をつく。


 咲夜さんの横顔しか見えないが、恐ろしいほど冷徹な表情を浮かべていた。

 彼女は手袋を外す。その下から現れたのは肌ではなく、金属だ。

 ——いままでの疑問が氷解した。変にぎこちない動きをしていると思ったら、そっちの手は義手だったのか。なら引っ掻いても痛くないわけだ。


「この腕ならあなたの骨も容易に砕きます。指の先から潰されたくないなら、お話しください」


 慣れた口ぶりで咲夜さんは言う。

 本当にやりかねないから困る。


「…何を話せって?」

「人質の居場所です」

「分かったよ…」


 素早く男の手が動いた。

 伸ばしたのは腰に付けていた無線機だ。

 ザ、とノイズが溢れる。通信状態にスイッチを押したのだ。


「進入者がーー」


 咲夜さんは素早く屈み、手にしたナイフで叫ぼうとした男の首を突き刺した。

 それでも遅かった。


『応答しろ、どうした? 応答しろ!』


 咲夜さんが歯ぎしりをしながら無線機を手に取る。

 所長が横からひったくった。


「……すまない、とんだおふざけにあっただけだ。すぐ戻る」


 どことなく今足元で血を吹き出して死んでいる人間と同じ声を出したが、騙されてくれるのか。

 たっぷりとした間のあとに、無線機の相手は言った。


『…そうか。動きが激しくなってきた、さっさと来い』


 所長はそれには何も返さずにスイッチを切った。


「…これは疑っているな。ばれるのも時間の問題だ」

「ごめんなさい、うかつでした。先に腕を折っていれば…」


 唇を噛みながら咲夜さんは悔しそうな顔をする。

 なんか反省点ズレてるけどそれはいいのか。


 普通の人間なら痛みでなかなかすぐには質問に答えることができないから、それを分かってあえて手を加えなかったとしても仕方のない事だ。

 あとは僕がやらかしたからな…。なんとか生かして話を聞かなくてはと焦ってしまったのだろう。

 これ半分は僕のせいだったりする?


「起こったことはしかたねえよ。ちょっと事態が早く動いただけだ。それよりさっきのをくれ」

「え? 発煙手りゅう弾ですか?」

「そうだ」


 首をかしげながら彼女は大人しく所長に渡す。

 所長はもう一度エレベーターボタンを押す。他に利用者もいなかったのですぐに開いた。

 中に入り込み、二十四階のボタンを触って出て来た。

 一定時間経つと、自動的に扉が閉じていく。

その狭まる隙間に、ピンを抜いた手りゅう弾を投げ入れた。同時にぴったりと扉は閉まる。


僕たちは黙ってその行動を見守るしかなかった。


「一度却下した案だから不満はあるだろうが。ま、硬いことは勘弁な」

「は、はぁ…」

「ちょ、な、なにをしてんですか!?」

「嫌がらせだよ」


 口笛でも吹くような気軽さで所長は言う。


「しっちゃかめっちゃかにしてやろうぜ。あっちも悪人、こっちも悪人だ。面白いことになるぞ」


 姫香さんも、咲夜さんも、そして僕も。それに反対する意見はなかった。

 メンバーの中の良心がいないというのは、こういうことだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ