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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
三章 レーゾンデートル
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十話『立てこもりが起きた!探偵はどうする?』

 ……。

 …はっ。

 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。車の揺れが心地よくてつい。

 呑気に涎を垂らしている場合か。涎は垂らしていなかったけど。本当に。

 まだぼやけている頭を振って窓を見ると赤いパトランプがコンクリートの表面をせわしく駆けていた。

 あたりは交通規制がなされており、笛の音や人の声がひっきりなしに聞こえる。


 僕が寝ている間に何があった。


「…これ、なにが?」


 起き抜けの間抜けな声で前列の所長に問う。

 前に身を乗り出していた彼は「こっちが聞きたい」とつれない返事をした。

 咲夜さんがの補足がしてくれて、どうやらさきほどからずっとこうなのだそうだ。


 カーナビを見れば目的地まであとわずかだ。

 これは徒歩で向かうことも考えなくてはいけない。

できるなら悪目立ちはしたくないのだが、この混乱で人目にはどうしてもついてしまうだろう。


「あの」


 咲夜さんが助手席の窓を開け、傍にいた交通整理しているおっさんに話しかける。制服からして警察だな。


「どうしたんですか? 私たちあそこを通りたいのですが」

「三十分前から立てこもりがあったそうでねえ。詳しくは分からんが先にはいけない、別の道から行きな」

「ありがとうございます」


 窓が完全に閉まったのを確認すると前原さんが短く聞く。


「どうする、所長さん」

「いったんここを離れましょう。怪しまれたら損だ」

「了解」


 誘導通りに車を動かしていく。みんな抜け道に行かざるを得ないからか、遅遅として進みが遅い。

 なんだってこんな時に立てこもりなんて――


 ――ん?


「…立てこもりだと?」


 あまりにも簡単に言われたために意識に引っかからなかったのは僕だけではないらしい。

 所長は数度口の中で反復すると、慌ててスマフォを取り出し番号を打ち込んだ。


「もしもし!」

『ちょうどよかった。その様子だと聞いたな?』


 出たのは五十鈴さんだった。

 どうして電話をしてきたかもう分かっているらしい。


「聞いた。立てこもりだって?」

『そうだ、しかも武装集団・・・・だと言う。犯行声明がネットで流されていた。簡単に言えば≪法案に反対している≫グループらしい』


 確かに反対意見の多い法案が通されそうだという話は最近テレビでひっきりなしに騒がれている。

 でも、まさか、この日本で――デモも少ないこの国で武装して立てこもるだなんてなんて行動力のある集団なんだろう。


「……そいつらはどこにいる?」



『…百子お兄のいるところなんだ』



 悪いことは、重なるのか。

 いや、重なったのではなくーー仕組まれていた?


「な……、な、う、嘘、だろ」

『嘘じゃない。それに連中は本気だ。出入り口の警備員が一人射殺された』


 ざっとその場の全員の顔が青くなった。

 なんだってそんなことを。

 力を持っていると示すために?


『正直、法案云々はカモフラージュだろう。雇われたか、利用されたか定かではないが――』

「どちらにしろ、モモの身に危険は迫っている」

『そうだ。仮に犯行グループが『鴨宮』へ百子お兄を人質(ダシ)に身代金やらを請求しても…見捨てるに決まっているだろう?』


 口ぶりからして、五十鈴さん的にはそれ以外考えられないと言ったようだった。

 実の兄への信用度が極端に低い。


 所長は歯ぎしりをする。


『五十鈴、変わって』三四子さんにバトンタッチされる。『ケンちゃん、さらに残念なお知らせ』

「なんだよ。これ以上に――」

一樹・・お兄様が・・・・現場に・・・来たって・・・・。…百子おにいちゃんを助けに来たわけじゃなさそうね』

『いくらなんでも事件発生から三十四分で駆けつけるなんて早すぎる。事前にどっかで待機していたんだろう』

「ふうん。…ちょっと会ってくる」

『え!? ケンちゃん、それは』


 液晶を割るぐらいの強さで通話を切ると、所長はゆらりと立ち上がる。


「ヒメ、ツル。ちょっとここで待っていてくれ。サクは来い」

「はい」


 咲夜さんは素直に頷いた。小さなバッグを手に先に外に出ていく。

 所長も引き続いて出ようとして、思い出したように前原さんに振り向く。


「前原さん。すみませんが停車場所を探してください。それで待機を」

「分かった。見つけたら教える」

「所長、待ってください。なんで僕たちは待機なんですか」

「奴に手札を多く見せたくない。二人とも待機だ。絶対にどこにも行くな」


 厳重に釘を刺してきた。

 なおも僕は言いたげな顔をしていたらしく、所長は険しい顔を一瞬緩めた。


「心配するな。一樹お兄ちゃまにちょっと喧嘩売ってくるだけだ」


 殺意のにじんだ言葉を吐くと、ドアを強く閉めて所長は歩き出した。

 どこに心配しなくていい要素があるというのか。


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