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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
三章 レーゾンデートル
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九話『道案内はハッカーに』

「お待たせしました。少々探し物に手こずりまして」


 軽やかに咲夜さんがワンボックスカーから降りる。

 運転席には彼女の同居人、前原さんが収まっている。二カ月ぶりかな。


 一時間。

 僕たちが服装を動きやすいものにし、武器をかき集めるのにかかった時間だ。


 時間ロスが本当にもったいないと思うが、何が起きるか分からなかったためみだりに事務所から出ることが出来なかった、という言い訳をさせてもらおう。

 それに六時から会議が始まるなら、まだ間に合うはず。――前倒しされていなければ。


 本当にただの会議かもしれない。それならそれでいいのだ。

 それならば鴨宮きょうだいの依頼を守り、そして退職届を出した本意を聞くだけだ。

 だが、なにかの罠であったら。

 その時はやはり依頼を達成するために動く。百子さんを取り戻す。


 どこまで考えていたのかは相手(きょうだい)のみぞ知るところだが、依頼を出されたのはこちらとしても非常にありがたかった。

 仮に百子さんが事務所に戻ることを拒否したとしても、依頼として彼を引っ張り出せる。

 ――仲間でなくなったとしても彼の身の安全を守ることが、できる。


「こっちも用意できたばかりだ」


 所長は重そうにケースを車内に降ろす。

 一見すると大きいアタッシュケースだ。実際はガンケースだが。

 放置しているように見えてしっかりメンテは行っていたらしく、錆びついたり曇りのあるものは一つもない。


「こんなのなくても案外あっさり終わったりしてな。無血開城ってやつ?」

「ないよりはあったほうがいいかもですよ。こう、お守りみたいな」

「物騒なお守りだぁな…」


 僕たちが武器を用意しているのは武力行使で百子さんを引き渡してもらうためではない。

 さすがにそんなお迎えは僕だって嫌である。

 三四子さんが『少しでも武器は持っていったほうがいい』と警告してきたのだ。


 妙に警備の薄いビルの周辺、不審な車、妙なハッキング。

 疑う材料には十分すぎると。


「それと。夜弦さん」

「なんでしょう」

「中古で嫌でしょうが、これをどうぞ」


 取り出されたのはひざ下までのブーツだった。

 冬の街で見かける女性用の物ではなく、軍隊用といっても過言ではないゴツイものだ。

 受け取るとずっしり重い。


「足技、得意ですよね。これで威力が上がるはずです」


 そんなゲームアイテムみたいな。


「得意かどうかは判断できないんですけど…いいんですか? 誰のものだったんですか?」

「…身内のものです」


 彼女は少し目を逸らした。

 え、なんか、いいのかな。身内の人の物を僕が履いて。

 でも渡したってことはそういう意味だろうし。出来るだけ汚さない様にしよう。

 中古とは言っていたが綺麗に洗浄されて匂いもない。こんなブーツ洗うの大変そうだ。


 靴を履き替えた。

 ――お。

 少しかかとが擦れているが、今まで履いていたものよりとても良い。

 それと、意外にバランスの取れた重さなのでそこまでは気にならなかった。足が振りやすい。


 要するに、ぴったりなのだ。元から・・・僕の物・・・だった・・・みたいな・・・・


「ッ!」


 タイミングを計ったように頭が痛んだ。

 なんだ…? まるで元の所有者が僕だったみたいな感覚を覚える。

 流石にそれは駄目だろう。人の物を自分の物だって言い張るのは良くない。

 どなたかは存じないが、その身内の人だっていい顔しないはずだ。


「…夜弦さん?」

「あ、なんでもないです。すごい履き心地いいですね」

「それならよかった」


 ほっとした表情で咲夜さんは頷いた。

 そんな僕らの横を小柄な影が横ぎる。


「…で、結局姫香さんも同行するのですね」

「心配するなサク。囮ぐらいにはなる」


 仮にも義妹だろうが。


 彼女はスカートではなくズボン版ゴスロリというのか、少し弛んだものを穿いている。走りにくくないのか心配になる。

 彼女は背中に何か背負っていた。


「なんですか、それ」


 答えたのは所長だ。


「モモのノートパソコン。脱出するとき電子ロックなんかをやられたときにあいつに何とかしてもらえたらいいなっていう希望」

「すごくあいまいだ…」


 壊れないか不安だ。

 かなりカスタマイズしていると百子さんから前聞いたので、ちょっとやそっとでは故障しない…のだろうか。心配しかない。


「さ、行こうぜ。こっから六本木まですいていても四十分はかかる」

「はい」


 助手席に咲夜さん、前列に所長が、その横を姫香さんがストンと座った。

 僕は一人でその後ろに乗り込む。さみしい。


「それではお願いします、おじさん」

「了解。ええと、どこだっけ?」


 前原さんがカーナビを操作しようとすると、勝手に表示が変わっていく。

 もう車のナビを特定したのか。感心を通り越して怖くなってきた。


「…カーナビがいきなり勝手に動き出したんだが。なにこれ、心霊現象?」

「親切で優秀なハッカーが衛星経由で道案内してくれるそうです」


 涼しい顔で咲夜さんは言った。

 前原さんは絶句したものの、無理やり納得したのかゆっくりと車を動かす。

 すでに行き先の地図が表示されていた。


「…銃火器携えてハッカーに道案内される探偵事務所ってなんだよ…」


 至極当たり前の疑問だった。

ちなみにナビをジャックできるかは知りません

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