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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
三章 レーゾンデートル
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七話『こすぎ は ぼうがい した!』

 どこかの国では会話が途切れることを「天使が通る」と言うらしい。

 すると、今、天使は僕たちの間で大渋滞を起こしているのか。さっさと行け。


 ――なぜ当主専用の車を使い、切り離された彼を迎えに来たのだ?


「…下剋上を狙っているやつらに利用されたか?」

『そんなんじゃないと思う。百子お兄ちゃんを担ぎ上げて一樹お兄様を降ろそうとしたひとはみーんな追放されちゃったし!

 この『鴨宮』で、お兄ちゃん派はいないはずなの!』


 地味にヤバい裏事情が暴露されたが大丈夫か。

 逆に考えればそれほど所長は信用されているってことだろう。それとも簡単につぶせる存在だから好き勝手言えるのか。


「じゃあ…なんだ? なんであいつは…」

『分からないよぉ! でも、うん、何かがおかしいのには間違いないよ。だってわたしたちも百子お兄ちゃんのことなーんにも聞いてないもん』

「百子からは?」

『本人からもなかったよ。これからこっそり探ってみるけど…過度な期待はしないでちょーだい?』

「ああ」

『五十鈴とわたし、二人合わせても百子お兄ちゃんには敵わないしね』


 苦笑いを浮かべているような声だった。

 受話器を置いたのを見計らい、僕は質問する。


「あの、一樹って誰ですか?」

「『鴨宮』の現当主です。先代が失態を起こしてしまったため、鴨宮一樹が二十歳になるのを待って座が彼に移りました」


 答えたのは咲夜さんだ。

 やけにすらすら話すが、関わりがあるのだろうか。

 それにしても『鴨宮』が何をやらかしたかは不明だけど、二十歳を迎えてってことはまだ早熟なところもあっただろうし、重いものを押し付けられちゃたまったもんじゃないな。


「とにかく三四子の言う通りだ。電話かけてみるよ」


 スマフォを取り出してタッチをするが、その指が止まる。

 かつて見たことが無い深刻な顔で彼は僕たちを見回した。


「なあ、仮にさ、本当にモモが辞めたいって思ってたらどうしようか」


 所長がそんな女々しいことを言うとは思わなかったので少し驚く。

 二人は長い付き合いだからこそ、一方的に離れられたことに動揺しているのだろう。

 

「未練がましいですね。駄目なら駄目で仕方ないですよ」

「サク…」

「そうですよ! 僕、がんばれがんばれって応援してますから!」

「ツルはあとで殺すから覚えていろ」

「なんで!?」


 理不尽な。

 とにかくくだらない会話でちょっと持ち直したのか所長は耳にスマフォを当てる。

 姫香さんがすすすと近寄って所長の袖を引っ張った。かわいい。


「大きく」

「ん?」

「音、大きくして」

「けっこうプライベートな会話になるかもしれないから…」

「いいから」

「お、おう」


 詰め寄る姫香さんに辟易したのか、仕方なく所長はスピーカーモードにする。

 そこから四回目のコールで相手は出た。

 背景に流れるのはざわざわとした音とクラシックらしいBGM。どこだろうか。


「あ――」

『はい』


 所長が息をのんだ。

 老いが目立つ、濁った声だ…百子さんの声じゃない!


『――いかがなさいましたか?』

「…どなたでしょうか? 俺――私は椎名に電話をかけたはずですが」

『ええ、合っておりますよ。百樹・・さまは今忙しくしておられますので、代理でわたくしが出ております』


 百子じゃなくて、百樹と言った。

 どういうことだ。どんどんきな臭いことになってきている。


「どういうことですか? とにかく、彼に電話を代わっていただきたい」

『申し訳ありませんが、百樹様には大切な会議の準備がありますので。貴方様に取る時間はございません』

「――会議って、どういうことだ!? そっちはもう百子を捨てているんじゃ――」

『では、失礼いたします』

『小杉さん!? それ誰からの』


 後ろの方で百子さんらしき声が入ったが、同時に切られてしまった。

 茫然とするしか、ないだろ。これ。

 スマフォがずるりと所長の手が落ちた。一度床に落ちるとバウンドし、次に着地したときにはもう動かなくなった。

 立ち尽くす所長へ咲夜さんが少し強めに次の行動を促す。


「…所長。鴨宮三四子さんに情報を渡しましょう。彼女たちはどんな手かがりでも欲しいはずです」

「ん…ああ」


 緩慢な動作で再び固定電話を操作する。

 咲夜さんが姫香さんに耳打ちすると、彼女は頷いて給湯室へ行った。そうだな、お茶でも飲んで少しでも落ち着かないといけない。


『ういういー! はやーい! まだなんも洗い出せてないよー』

「なあ、これから誰か会議あるか?」

『…すごいざっくり来たね。うん、待って』


 何かを察したのか三四子さんは声を潜めた。

 

『…会議は今日の午後六時からあるけど…』

「けど?」

『でもそれは一樹お兄様の出る会議だよ? 百子お兄ちゃんはそもそも…ねえ?』

「代わりに出させるとかは」

『あり得なくはないけど、それなら五十鈴の役目だよ。あの一樹お兄様が百子お兄ちゃんに頼むわけないじゃない』

「だけどな、今しがた電話したら小杉ってやつが『百樹様は会議に出ます』なんてほざいてんだよ」

『小杉? 冗談でしょ?』


 相手の声のトーンが下がる。

 後ろがにわかにせわしくなり、キーボードを強く叩く音がここまで聞こえた。


『五十鈴! 防犯カメラで車のルート特定、わたしは今夜の会議の出席者調べる!』

『わかった』

「おい、なんだよ。こっちにもわかるように説明してくれ」

『小杉は一樹お兄様の秘書! お兄様の第一の味方で、百樹お兄ちゃんの敵!

 お兄様が殺せって言えば、殺しちゃうかもしれない! とにかくあとでね!』


 荒々しく通話が切れた。


「……」

「……」

「……退職って騒ぎじゃ無くなってきたな」


 所長は皮肉気に笑った。

 ただの虚勢だということは、誰の目から見ても明らかだった。


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