六話『とくべつなのりもの』
「…毒殺されるほど、邪魔だってことですか?」
「あいつ、電子機器方面に頭が良すぎるんだよ。本家の連中を脅かすほどにな。だから危惧したんだ」
基準も比較もないので僕はいまいち百子さんの能力値は分からないのだが、確かに普通にハッキングしたり電子ロック外すあたり普通の人ではないんだろう。
崖の下に蹴落としたはずの獅子が自分たち以上の能力を持っているなんて知ったらそりゃ殺したくもなるか。勝手な話ではあるが。
「五年ぐらい前か。モモが祖父の――『鴨宮』のほうの――葬式に呼ばれてな」
「それはまた怪しさ満点で…」
「そう、本人も行きたがらなかったんだが、母親の所在地まで突きつけられちゃ行かざるを得ない」
ははあ、脅しをかけたわけだ。逆らえば母親までどうなるか分からないぞ、と。
確かに自分だけに降りかかる不幸は我慢できるが、他人まで及ぶとなると心情穏やかではないだろう。それに百子さんは押しに弱い。
なんだろうな、聞けば聞くほどヤバいところにしか思えない。
「一杯だけ付き合ったら変えるつもりだったらしいが、その一杯に盛られていた」
「初っ端からですか…ずいぶんせっかちなんですね…」
「すぐ帰るって見越してたんだろ。クソ上司と俺が忍び込んでいたから良かったものを、連中、あいつを見殺しにするつもりだった」
「…手段を択ばないんですよ、『鴨宮』は。先のことを考えもしないで」
苦々しげに咲夜さんが呟く。
なんだ、彼女も『鴨宮』については知っていたのか。
それにしてもぞっとしない話だ。
もしも先代所長と現所長がいなかったら百子さんはそのまま死んで、片付けられていたことだろう。
元からいなかったものとして。
「――ん? なんで所長たちは忍び込んでいたんですか? 故人の知り合いだったわけでもないですよね?」
「お偉いさんの葬式見たいってクソ上司がだだ捏ねたから」
「最低かよ」
「――当時は頭おかしいんじゃねえかって思ったが…今にして思えば、懸念してたんだろうなぁ。心配と好奇心が半々だったんだと思う」
素直に認めることが出来ない微妙な心境らしく、複雑そうな顔をする。
先代について聞こうかとも思ったがこれで所長の機嫌が損なわれたら大変だ。
今考えるべきことは百子さんが退職届を出して実家の車に乗って行ってしまったことだ。
所長がデスクの隅に置いてある固定電話の受話器を持ち上げる。
「とりあえず、モモのきょうだいに何か聞いてないか電話してみる」
「平気なんですか? だって、百子さんはいわば敵だらけじゃないっすか」
「鴨宮三四子と五十鈴。こいつらだけはモモの、そして俺たちの味方なんだ」
数少ない彼の協力者ってことか。
そういえば遺骨ペンダントの件の時に「兄弟の権力を使う」って言ってたな。
結局、あの時言っていたことは冗談ではなかったわけだが…。
設定をスピーカー音量にしたのちにピポパと軽快にプッシュをし、しばらく待つ。
普通の呼び出し音から、ノイズが混じっていき妙な音楽が流れ始めた。
困惑する僕らに所長が肩をすくめる。
「あいつらのちょっとしたいたずらだよ。こういうガキじみたことが好きでな」
固定電話の呼び出し音って設定できたっけ…。
所長もだいぶ毒されているのかこういうことをさらりと言っているが、普通はあり得ないことだと思う。
呼び出し音が切れた。誰かが応答したのだ。
『ういういー! ケンちゃん、おっひさー! 元気!?』
キンキンと甲高い声が事務所に広がる。
若い女性――か。
普段声の低い咲夜さんや、めったに喋らない姫香さんぐらいしか女性の声を聞かないので新鮮ではある。百子さんもハスキーながら女性に近い。
「うるっせ! ちょっと静かにしろ!」
『元気っぽいね! なになに? 何の御用?』
「百子について聞きたいんだが」
『んー、待って。五十鈴ぅ』
つまり今出ているのは三四子さんか。
電話の後ろでごそごそと音がする。かすかに『誰もいない』と男性の声がした。
『ごめんね、ほらウチ百子お兄ちゃんのこと口に出しちゃいけないから。で、百子お兄ちゃんがどうしたって? 怪我?』
「や、退職届を置いて出ていってしまったんだ」
『退職届ぇ!?』
声たっか!
『なんでー!? なんでなんで!』
「こっちが聞きたいわアホ! …心当たりはないのか」
『んん~、特に。五十鈴は?』
『ない』
『ってか、なぁに? わざわざこっちに連絡しないでも、お兄ちゃんに連絡すればいいのに』
あっ。
そのことがすっかり頭から抜落ちていた。そうだ、本人に直接電話すればいいんだ。
変に情報が多すぎて混乱しそんな簡単な事にも気づかなかった。
他の人の顔を覗くと気まずそうな顔をしていた。みんな同じことを今思ったらしい。
『まあいいやー。わたしたちでも調べてみるよ』
「頼む。あんたんとこに百子行くかもな。『鴨宮』の紋章、そっちの車だろ?」
『うん?』
「は?」
『紋章のある車? 確かにあることはあるけど…百子お兄ちゃんが乗っていたの?』
「…ああ。間違いはない、よな?」
僕は頷く。
茫然とした空気が向こうで流れるのを感じた。
『――それ、当主、つまり一樹お兄様しか乗れないはずなんだけど』




