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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
三章 レーゾンデートル
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二話『唐揚げについてくるパセリ押し付けてくる奴なんなの』

 僕は、咄嗟に言葉が出なかった。出たところで、最適な答えが出るとも思えない。

 柔らかい笑みから飛び出した台詞だとはとても信じられなかったが、事実なのだ。


「…それは、どういう」

「やっぱ微妙な空気になっちゃうよね。ごめん」

「いや、その、どう反応すればいいのか」


 から揚げはともかくキャベツにまでレモンかけてる件についてもどう反応すればいいのか。それレモン味のキャベツになる。


「もも…ええと、百樹さんは、」

「ふふ、百子でいいよ。どうせ使わない名前だから」


 彼は頬杖をついてジョッキの口を指先でなぞる。

 いつもの天真爛漫でキラキラしたものとは違う、諦めの混じった影が瞳に落ちていた。

 それでも雰囲気が暗くならない様にしてくれている気遣いが感じられて逆に申し訳ない気持ちになってくる。


「…百子さんに何があったんですか?」

「単純だよ。ぼくは愛人の子だったのさ。本家当主のね」


 彼は話しながら半熟卵が乗った、ゆで卵をひき肉で包んで焼いたものを器用に箸で半分に分ける。

 割れた卵の黄身が皿に広がっていった。


「ぼくの実家は上下関係に厳格な家なんだ。もちろんそこには生まれた順番も入る」

「そういうのってまだあるんですね…」

「面白いよね。時代は平成の世なのに、変わらないんだから」


 その黄身を同じく皿に満たされていたソースと混ぜる。色は交わることなく、茶と黄色の渦模様が出来た。


「――『鴨宮』にとって最も最悪だったのは、ぼくが本家当主の第一子より早く生まれてしまったことだ」


 愛人の子。それだけで疎まれるのに、その上本妻の子を追い抜いて生まれてしまった。

 そして、さらに『鴨宮』には――この言い方が正しいか分からないけど――年功序列があった。

 聞いている僕ですら頭を抱えたくなってくる。

 反対に、当事者であるはずの百子さんはから揚げをもっもっとリスみたいに頬を膨らませて食べている。


「このから揚げすごくすっぱい」

「レモンめっちゃかけてましたからね。……百子さんに言っても仕方ないんですが、『鴨宮』の管理体制は杜撰過ぎません? 当主が性に奔放だったなら対処しないといけなかったかもしれないのに」

「言うねえ」


 くすくすと笑った。

 何か他の動作をしていないと落ち着かないのか再び百子さんの手はレモンに向かう。一体なにをそんなにそわそわしているのだろう。

 絞る液もなくなった果実はただ親指と人差し指に潰されていく。


「今までよっぽど生真面目な当主しかいなかったのか、そんな事なかったからね。それにまさか奥方と同時期に家政婦と関係を持つなんて考えもしなかったんじゃない?」

「うわぁ…」

「うわぁだよね。あ、店員さんだ。なんか頼む?」

「じゃあモスコミュールで」

「はいよ」


 百子さんはウーロン茶だった。前回と前々回は二杯目もアルコールを飲んでいた気がしたが、今日はそんな気分なのだろうか。

 きゅうりの漬け物を飲み込んで百子さんは続ける。


「ぼくの母親も強情でね。おろせって言われたけれど、単身逃げだした」

「……」

「馬鹿な人だよ。たかが民間人が諜報部の『鴨宮』から完全に逃げられるわけないって知ってたはずなのに」

「お母さんは、その…」

「多分今頃近所のスナック行ってるんじゃない? 母方の実家って田舎だからぽんぽんあるんだよ」

「存命か!」


 生きているんか!

 最悪な方面に考えていたわ!


「いやいや~、あっちにもあっちなりの体裁あるしね? さすがにやみくもには殺さないよ」

「胎児には容赦ないですけど…。意外と人間味はあるんですね」

「さて、どうだろう。母親は制裁で片目の視力失ってるから」

「……」


 制裁って。

 どういう。

 どういう世界に、生きているんだ。


 僕は家族の存在を忘れている。だから比較のしようがないが。

 それでもこれは異常ではないだろうか。


「『鴨宮』が母親を見つけた時には僕はとうに生まれていて、託児所も考えていたころだった…らしい」

「そこまでは逃げ切れたんですね」

「すごいよね。今ほどインターネットも普及していなかったのも大きいかな」


 店員さんからモスコミュールを受け取る。

 ちょこんとミントが乗っていた。未だにこれの意味が納得できない。


「こうして見つかった子供は、厄介なことに男児だった」

「……」

「跡継ぎは男児が優先される。本妻の子も男児だ。しかし生まれたのは、ぼくが先だ」

「ややこしいことになってきましたね」

「ややこしいでしょ。それで、『鴨宮』は困ったわけだ。なんていたって当主の血が混じっていて、うかつに処分ができない」

「そんなに当主の血が大事ですかねえ…」


 いまいち価値観が分からない。

 純潔か混血かにこだわる吸血鬼だとか魔法使いみたいだ。


「大事なんじゃない? ぼくには理解のしようもないけどね」


 半ば投げやりだった。

 ひっくり返せば、次男だとかだったらその場で殺されていてもおかしくなかったと…。


「拮抗状態の中、誰かが思いついたわけだよ。長男じゃ無くなれば、跡継ぎの資格も本家の子に移るだろうって」

「…無理があるでしょう」

「無理を通すのがうちだよ。苦肉の策だったんだろうけどどうしても笑うよね」


 笑えない。


「そして百樹は百子と名前を変えさせられた。女でいるうちは、生きていることは許される。だけど、男のぼくは存在を許されない」


 今日この日まで、いや、これから先も生きていたいなら女として生きていかねばならないというのか。


「ぼくは性別を偽って生きた。思春期でさすがに荒れてね。そのままずるずると高等部を卒業する年になって――ぼくは先代の所長とケンちゃんに出会った」


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