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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
小話 ブックボックス
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三話『ブックボックス/オルゴール』

「もうひとつって…そこに鍵があるとでも?」


 姫香はためらいもなく頷く。

 その動作に一切自分の直感を疑う様子はない。


「お前、関わること。なんでもいい」

「お前


 城野が訂正すると嫌そうな目でちらりと見上げてきた。

 悪びれずに肩をすくめると、彼は腰に手をやり依頼者の言葉を待つ。


「……あえて言うなら時計ですかね」


 何か事情でもあるのかどこか言いづらそうだった。

 触れてもいい内容だろうかと城野は胸の中で審議する。しかし、仮に隠し通したい内容なら事前に対策はしているだろうしそもそも呼ばないだろう。こんな好き勝手に動かせてもくれない。

 どんなに些細なものでも人様に聞かせたくない事情は一つ二つある。それは城野も一緒だったし、無理やりに聞いて逆上させるのも面白くない。

 骨董屋や探偵業は口コミから広がるようなものなので下手なことを言って評価を下げたくないという切実な思いもある。たとえ特殊な依頼を優先しているとしてもだ。

 先代所長はそのようなことを考えずに突っ走っていたので城野はいつもその尻拭いをしていた。今も多少恨んでいるのは、そういう理由もある。


 姫香は振り子時計を見上げた。カチカチと主亡き今も律儀に時を刻んでいる。


「あ、それじゃないんです」

「違うんですか?」

「そこの、窓際に置いてある、動かないほうです」


 地球儀の横にある動かない時計だ。

 針も時計版もむき出しになっている。


「父が母と選んだものらしいんですけどね…ちょっとした不注意で落として、周りのガラスを割ってしまいまして」

「おお…それはまた…」

「それッきり動かなくなったんです。ドアを開けっぱなしにしていると見える位置にあるので多分当てつけなんでしょうねえ…」

「どうでしょうね…」


 それについてはコメントはできない。

 さすがにガラスすべてが砕け散ったとは考えにくいので、残っていた部分もすべて取り除いてしまったのだろう。

 奥方が先ほど人数を聞いた時にもいないかったということは既に別れているか他界をしているのかもしれない。

 そうなると、家族との思い出のものすべてに仕込んだか。息子は現状不明だが。


 姫香は針の形を眺めた後に時計をひっくり返した。針の部分が鍵だったというギミックはなかったようだ。

 底にある電池入れのふたを取り外す。電池の代わりに、小さな鍵が出て来た。

 鍵を取り上げると時計を城野に押し付けて(文句の声が上がったが彼女は無視をする)自分は鍵穴にそれを差し込む。

 カチリと手ごたえのある音がした。


「まさかアルバムが…?」


 息子の期待する声と共に引き出しは開かれた。


 ――果たして、その中にあったものは。

 本がぎっしりと詰まっている。

 どう見てもアルバムとは言えない。本棚に収まっているような洋書だった。


「……」

「……」


 無言の空気に耐え切れず、城野は天井を仰ぐ。

 ここまで来てこの仕打ちはいくらなんでも酷いのではないだろうか、と。

 パッと見で息子に宛てた手紙が見当たらないばかりか、あったのは先ほどからほとんど興味を示していない洋書の塊だ。空気が重くなるのも仕方がないと言えた。


 姫香は本の一つに手をかけた時、その表情を一瞬変化させた。

 瞳が動き、背表紙のナンバリングをなぞる。ローマ数字だが問題なく読めるようだ。

 一巻を取り出してずいと息子に押し付ける。


「いや、私は外国の本は…」

「ん」


 ぐいぐいと押し付けてくるゴス服の少女に圧されてとうとう息子は本を受け取る。

 そして疑念の表情が驚愕に変わる。


「軽い…なんだこれは。偽物の本?」

「開けてみろ」

「開けるって…」


 ぱこんと音を立てて本は開けられた。

 中から大量の写真が雪崩れ出てきて床に散らばった。

 茫然として息子は足元を見る。どれも色あせているかセピア色の写真だ。


「へえ、ブックボックスか」

「ブックボックス?」


 城野はひとまず最悪の展開は避けられたと胸を撫で下ろす。

 どうやら常連は血も涙もない人間ではなかったらしい。


「名前の通りに本の形した小物入れです、それ。買ったのか作ったかは不明ですが」

「もしかしてそこに入っているものすべてに写真が?」

「そう」


 姫香は本――いや、ブックボックスを机に積み上げる。


「あの人、照れ屋。だから、わざと、隠した。かもしれない」

「……」


 店主だからこそ分かるものなのだろう。

 本当はどうであっても知る術はもうないし、姫香がわざわざ他人を弁護するとは思えない。

 綺麗な指で床に落ちた、写真に紛れている封筒を指さした。


「彼、持ち出せた。お前との思い出」

「……」


 封筒には息子の名前が書かれている。

 膝から崩れ落ち、嗚咽が漏れるまでそこから時間はかからなかった。



「それで、オルゴールを貰って来たんですか」

「なんか渡してくれって書いてあったんだってよ。餞別だろうな」


 探偵事務所の下にある骨董屋。

 帰ってきた二人をたまたま外を掃除していた所員の一人、夜弦が出迎えた。

 あらましを軽く聞くと夜弦は姫香に抱えられているオルゴールに視線を移す。

 長方形の、けっこうずっしりとくる大きなタイプだ。中には何も入れられていないがアクセサリーを入れるくぼみがあった。

 オルゴールの底にあるネジを回して蓋を開くと当たり前だがメロディが流れる。


「なんて曲ですかこれ」

「エリーゼの為にじゃなかったか」

「ふうん」

「興味ないなら質問するなよ」


 夜弦は思案気な顔をしたあとに口を開いた。


「姫香さんあてには手紙なかったんですか?」

「は? …あったか?」


 姫香は首を振る。


「そこまで手紙残しているなら姫香さんにも残さないのかと思ったんですが」

「言われてみればそうだが…」

「……」


 二人は顔を見合わせる。

 確かにわざわざ指名まで入れて呼び出してきたのだ。クイーンに巻き付けてあった手紙も確かに姫香を想定した内容だった。

ただ単に姫香がいたずらに付き合てくれると見越していただけかもしれないが。

もし手紙があるとするならこの渡されたオルゴールしかない。


 彼女は既に音が止まったオルゴールをつついていく。

 端のほうを指先で強く押した。

 逆の位置の底がわずかに上がる。どうやらこの下にも空間がもう一つあるようだ。


「二重底か!」


そちらに指を突っ込んで板を取り除く。細い指なのですんなりと入った。

 ――挟み込まれていたのは小さなメッセージカードだ。


【おめでとう、名探偵。いままでありがとう】


「……」

「まどろっこしいお礼だな」

「照れ臭かったんじゃないですかね」


 姫香は小さく息を吐くと、カードを取り出さずに元に戻した。

 オルゴールを胸に抱いた少女を見て彼女の義兄は表情を緩めた。


「おつかれさん」

「うん」






小話『ブックボックス』了



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