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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
小話 ブックボックス
52/278

一話『地球儀』

 黒いドレスを着、首には黒いチョーカー、片耳には仰々しい飾りのイヤーカフをつけて少女が部屋の真ん中に佇んでいる。

 まるで彼女自身もこの部屋の調度品のようだ。

 古い地球儀や、動かない時計や、ぎっしりと洋書が並べられた本棚。それらが部屋の主の整理が上手かったか、威圧感を感じさせることなく調和していた。

 窓のそばにある書斎机にためらいもなく座る。


「行儀悪いぞヒメ。それは外でするなっていったじゃねえか」


 スキンヘッドの男が部屋に入りながら少女に小言を言う。少女はつまらなさそうな顔をして降りた。

 男はぐるりと全体を見回し驚嘆のため息をついた。


「これはまた…個人の趣味でここまで収集して、しかも統一してあるのは見たことが無い」

「すべてを投げ打てばそうなるでしょうね」


 彼の後ろから投げかけられた返答は冷ややかだった。

 振り向くと五十代ほどの男性が部屋に入るのも嫌だというように廊下からこちらを見ている。


「父の昔っから収集癖でして。しかも自分の気に入ったものしかこの部屋に飾らなかった」

「気に入ったものしか?」

「そう、気に入ったものしか」


 この部屋の亡き主の息子は、忌々しげにつぶやいた。

 めんどくさそうな顔をして男――城野は肩をすくめる。


 ここにいる理由としては、そこまで長い事情は無い。

 城野探偵事務所の一階にある骨董屋に買取の依頼が来たのだ。

 出張買取まではしていないので断ろうとしたがその依頼主が少し前に亡くなった常連の息子だということでよしみとして城野が腰を上げた。一応、彼には古物商の資格がある。

 常連から話を聞いていたのか、代理的な店主をしている姫香も来てほしいということで二人そろってここにきたわけである。


 やはりというか、出迎えた息子やその伴侶は胡散臭い顔つきで二人を出迎えた。

 一方は豪奢ではないとはいえゴス服の少女であり、一方は夜に繁華街を歩けば一回は麻薬取引を疑われて事情聴取される強面の男だ。警戒しないほうがおかしい。


「全部売りたいとのお話でしたが」

「ええ、そうです。故人のものをいつまでも管理するほど暇ではありませんから」


 言い方に棘があった。

 どうにも関係は良くなかったようだ。


 他人の事情に首を突っ込んでろくなことは無いので城野はそれには何も言わず地球儀に視線を移した。外国産だ。ロシアの部分がソビエトになっている。

 四本の柱によって立つ、いかにもアンティーク然としたものだ。


「こういうものもですか」

「そういうものもです」

「本もですか」

「本もです」

「そうですか。…こんなにたくさんは買い取れませんね」


 主に、店の容量が足りない。

 引き取ったとして管理しきれない。


「仲介料は貰いますが、買い取り価格の高いところを知っています。そこに頼んでみますか? 大量買取も喜んでやってくれますよ」

「どこでもいいです」

「…分かりました。ええと、ご家族様でこれだけはというものは今のうちに」

「ありませんよ、そんなもの」


 姫香にしか聞こえない大きさで城野は「うわめんどくせ」とささやいた。


「昔火事に遭いましてね。みんな無事に逃げたんですが、父はこういうコレクションだけしか持ちださなくて家族の思い出の写真なんかは全部燃えてしまったんですよ」

「ははあ…」

「死んだとなっちゃ大事にしていたものもただのガラクタだ」

「ちょっとあなた」


 妻がさすがに制止する。

 バツが悪そうに息子は黙った。


「なぜ、私?」


 地球儀を弄りながら姫香は言う。


「えっ?」

「ああ、すいません。話下手なんですよこいつ。なんで自分を呼んだのかって、気になったみたいです」


 正直新宿などバイクで三十分で行けば着くぐらいの都心だ。

 星の数ほどとは言わないがそこそこに骨董屋やチェーン展開のアンティークショップが点在している。

 それなのに、わざわざ個人経営店を、しかも彼女を名指しだ。


「すいません、先に話しておけばよかったですね…。それが…」

「それが?」

「父の遺言で、『彼女なら見つけてくれる』って」

「…どういうことですか?」

「いや、こちらも分からず。だからその通り従っただけですし」


 遺言を実行してやる程度には心はあるようだ。


「…常連だったからでしょうかね?」

「さあ…。何を見つけるかも聞いてなくて。なあ?」

「はい。お義父さん、これだけは頼むと言ってまして…」


 困惑する三人を差し置き姫香は依然として地球儀を触る。

 パカンと、地球儀が上下に裂けた。


 驚愕する一同に中身が見えやすいように姫香は身体をずらした。

 破損ではない。もともとこういうものだったのだ。

 中にあったのは白と黒のチェック模様――チェス盤。その下を開けると駒と一通の封筒が入っていた。

 彼女は城野にそれを渡す。


「"孫の幹太に"? お子さんですか」

「わたしたちの子供ですわ。そういえば、あの子小さい時にそれが欲しいって泣いていましたねえ…」


 妻が懐かしむようにしみじみとする。


 姫香は駒をひとつひとつも見ていると、紙を首に巻かれているクイーンに気がついた。

 摘み上げ、解いて広げる。


『どうか君が気付いていますように、アンティーク姫。この家に一番必要なものを見事見つけ出してくれ』


 誰に対してか、小さく彼女は頷いた。イヤーカフのビーズが揺れる。

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