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0話 一年と八カ月前 終われなかった話3

 男は腰を上げると、その国府津咲夜と名乗る女の前に立つ。

 思ったよりも小柄だ。


「いきなりやってきて、ずいぶん物騒なことをいってくださるじゃねえか。オイ?」


 威圧的に吹っかけてみても彼女は怯える風もなく、ただじっと男を見返す。


「私は事実を申し上げただけです。現場を見たものから連絡がありました。彼は『鬼』を殺せず、しかし『鬼』は死んだ。それは第三者が、あなたが横入りをしたから」


 いくらなんでも情報が早すぎる。まだ半日すら経ってないのだ。

 火事だとか爆発だとか確かににぎやかな事にはなっていた気もするが、それでもまだ警察の細かな状況分析までは入っていないだろう。

 もしや、誰が殺したかという一点に絞って調べていたのだろうか。だとするとこのスピードは頷けるが、あまりにも情報が限定的すぎる。

 小さな組織か大きな組織かは分からないが、少なくとも侮っていい人間ではなさそうだ。


「そのことを恨みに思いあなたを殺す可能性は十分にあります。それほどまでに彼は『鬼』を殺すことに執念を燃やしていた」

「話が読めない。まずあんたはどこのだれで、あいつはなんなんだ」

「そうでしょうね。お嬢さんが知っているのでは?」

「は?」


 まさか少女のことまで知っているのかと緊張が走るが、目線を追うとの方だった。

 一瞬男は考え込んで、すぐに得心する。

 あれの中身は外見と異なるが、黙っていればどこにでもいる成人女性そのものだろう。


 当の本人は国府津咲夜の顔を見るのも恐ろしいと言わんばかりに床をじっと見つめている。


「モモ、なんだ。大丈夫なのか?」

「うん、ちょっと…。――その、『国府津』は、隠ぺい工作を中心に動いている裏政府組織の、総括なんだ」

「…それは…モモの実家も、だよな?」

「あたしの家はその下。昔はほぼ同格だったけど、今じゃもう雑用程度にしか扱われてないよ…」


 そこのあたりは長年の付き合いである男にも本当によく分からない。

 ある時期をきっかけにずいぶん落ちぶれてしまったとは聞いていたが――


「ああ、なるほど。鴨宮カモノミヤ家の方ですか。……そうですか」


 国府津は最初は頷いていたが、最終的に頭痛を抑えるように手を額に当てた。


「えっと、さすがに嘘でしょう?」

「本当です…。『鴨宮』の…ちょっと複雑だけど、一応当主の血を継いでいます」

「しかも本家ですか…」

「おい、モモ。何の話だ。俺にも分かるように説明してくれ」

「……」


 少し逡巡して女は小さな声で言う。


「昔、十二年前の話だけど、簡単に言えば例の三つのグループに…『鴨宮』が『国府津』の情報を売り渡した」

「それって相当マズいんじゃ」

「そう。マズいどころじゃない。それで、まあ…いろいろあって『鴨宮』は飼い殺しされることになってね…」

「今手術中の彼が、その十二年前の事件を未だ恨みに思っているんです」


 男には関係ない。

 いや、関係はあるだろうが、焦点はそこではない。

 今は一度終わった話より、終わるはずが終わらなかった話だ。


「誰なんだ、その彼って言うのは。手術を受けている主役あいつはそれとなんの関係があるんだ」

「それは私からは言えません」

「じゃああんたは? なにもわざわざ忠告おどかしに来たわけじゃなかろう」

「忠告は私の意思です。私に与えられたのは彼の回収。でもこれじゃしばらくは無理そうですね」


 ふっとため息をついた。

 諦観しているのか逆に楽観しているのか分かりにくい。


「俺たちにも目をかけてくれるとはお優しいんだな」

「後片付けが面倒なだけです」


 男としては苦手な部類だと悟った。

 こういう飄々としているんだかしていないんだか掴みようのないタイプはあまり接したくない。もっと言えば同族嫌悪にも似たものを感じる。

 特に余裕ではないのに余裕な雰囲気を醸している感じが。


「こういえば分かりますか。――彼は『龍』『虎』そして『鬼』を殺すためだけに生きてきた。人生を投げ捨ててまで。それが終われば空っぽになってしまうぐらい一途に」

「…俺が生きる目的を土壇場で奪ってしまったと?」


 仰々しい。

 男はそう言いかけ――なんとなく分からなくもないと思い直した。


「そうです。あなたはパズルをバラバラにしてしまった。それが故意でもなんでも関係なく、空っぽになりきれなかった――国府津・・・夜弦・・はきっと烈火のごとく怒り狂うでしょうね」



 少女がその名に微かに反応をした。

 しかし、それに誰も気づかない。


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