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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
二章 スナッフムービー
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二十二話『後日談』

 ーー三原志さんや、田原さんの親には。被害者の彼女たちの身内には。いったいどのような対処がなされたかは僕は知らない。

 今のところ依頼者が事務所に連絡をしてくることもなく、どんな手段で情報を漁ってもスナップムービーのスの字もない。なにか口止めでもされたのだろう。

 所長は渡会さんから話を聞いているのかもしれないけど、それを話さないというのはあまり心地のいいものじゃないからだ。

 そうやって全ては日の当たらないところへ沈んでいく。


 あとは、田原さんをスナッフムービーへと送り込んだお偉いさんのこと。

「そんな悪人でも偉い役職についたまま今も呑気に生きているってのは嫌になりますね」と愚痴交じりに咲夜さんに溢すと「もうじき練炭自殺しますよ」と返された。

 なにそれ。ジョークにしても笑えない。

 咲夜さんはなにを握っているの。怖い。



「ねえ、これだけは言わせて」


 百子さんがキレていた。


「病み上がりの子に出勤させるなんて最低だよ?」

「話を聞いてくれ。俺は安静にしてろって言ったんだ。だけどヒメが行くって」

「それを押しとどめるのがケンちゃんの役割でしょ!? ばっかじゃないの!?」

「ヒメェ! ほら言ったじゃねえか、結局俺が怒られるって!」


 痴話げんかを遠巻きに眺めながら僕と咲夜さんと姫香さんはジェンガをしている。罰ゲーム付き。

 懲りずに咲夜さんが買ってきた青汁サイダーなるものだ。瓶詰めされたヘドロじゃないかなこれ。


「確かに安静なんて聞かない子だとは予想してたけどさ〜…」


 退院した翌日に来るとは確かに思っていなかった。

 しばらくは経過観察のために毎日通院だそうだ。だから、彼女と所長が来たのは昼前のことである。

 事務所は忙しくもないし異常が起きた時に対応できる人間がいたほうがいいだろう。暇でよかった(皮肉)。


 首元には真っ白な包帯が巻かれ、耳はガーゼで覆われていて痛々しかった。

 そしていつもの真っ黒なゴスなものだから白と黒のコントラストが目に眩しい。


「それにしても」


 咲夜さんが慎重に積み木を摘まみながら言う。


「あのゴス服、似合っていましたのに残念ですね」


 切り裂かれた服が目に浮かぶ。

 僕としてはふわふわしていてレースついているとどれも同じように見えてしまうが。違いがわかるのは女子の眼というものか。


「……意外」

「私だって女の子ですからね、ああいうのは憧れますよ」

「着る?」

「私がですか? 似合いませんよ」


 眉を下げて笑いながら積み木を上に乗せる。

 それを見計らったように、姫香さんが百子さんの方を向いた。


「百子。咲夜、こういうの、着たいって」

「うぇッ!?」


 変な力が入り、バランスが崩れる。

 やかましい音をたてながら塔は倒れた。


「えっ、ほんと?」


 百子さんが目を輝かせた。

 その隙にこっそりと所長がフェードアウトしようとしたが、首根っこを掴まれそれは叶わぬ夢に終わった。まだ説教は続くらしい。


「違います、大丈夫です。私はクール系ビューティー目指しているので問題ありません」

「クール系ゴスね!」

「だめだ話を聞いてくれない」


 どこからか取り出したメジャーをもちジリジリと近寄る百子さんと逃げる咲夜さん。

 罰ゲーム(青汁サイダー)どころじゃなさそうだな。あとでこっそり所長のお茶にでも混ぜておこうと思う。




 血と肉を踏んだ足で迎えたのは、いつも通りの日常だった。

 罪を犯した。

 でも僕は変わらず昨日と同じように生きている。


 誰かが死んでも世界はいつも通りにまわっているのだ。

 僕が僕を失っても変わらなかったように。


 これでいいのかと思い。

 これでいいのだと思う。


 しっぺ返しが来るならその時まで面白おかしく過ごしてやろうじゃないか。

 それが今の僕だ。


「……」


 僕に視線を送った後、姫香さんの唇が小さく蠢いた。

 反応するより前に彼女はそっぽ向いてしまう。

 ありがと、と。そう見えたのは僕の勝手な空想だったのかもしれない。





 僕は、確かに姫香さんが好きだったりする。

 だけど同時になにか気持ち悪いしこりを感じずにはいられない。



 ――いずれすべてを知ったその時、僕は姫香さんを好きなままでいるだろうか。








二章「アンティーク姫とスナッフムービー」了

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