二十一話『鬼、虎、龍』
息のつまるような空気に様変わりした。
多少動じはしたが、僕の問いが的外れなものではないということは確信した。
間違いがない。
僕は、『鬼』となんらかの関わりがある。
咲夜さんは所長を見た。
「――私からは何も言いません」
「分かってるよ。覚えている。ああー、クソ、めんどくせぇ」
首を掻きながら所長は立ち上がる。
「多分、そうなんだと思う」
それからホワイトボードに向かい、三つイラストを描く。字よりは比較的上手い。比較的な。
ねこっぽいものと、棘のついたヘビと、なにか角が生えているヒトらしきもの。
「まずは基本からだ。『鬼』『虎』『龍』は、かつて存在した――ヤクザでも暴力団でもない、第三のグループとして存在していた」
マジかよ。
ねこっぽいのは『虎』でヘビは『龍』で角付きは『鬼』か。
「――そして暴力沙汰も非じゃない。まあ、なんていうんだろうな…いろんな組織の悪いところだけぎゅっと濃縮した感じだ」
「…待ってください、それが今まで日本に? 大丈夫なんですか治安は」
「普通に暮らしていれば直接関わり合いにはならねえよ。運が悪ければ、巻き添えを食らったり…今回みたいになるけどな」
つまり、すべては運に左右されるってことにならないか。
毎日人生ルーレット回しているようなものだ。僕そんな世界嫌だ。
「六年前。最初に『虎』が崩れた。あろうことか頭が殺されたんだ」
「…誰に?」
「さあ? そして面白いことに、総崩れしちまった」
百子さんは既に知っているのだろう。時折同意するように首を振る。
「そう。『単なる頭のすげ変わりであとは何も変わらない』と、誰もが思っていたんだよね~。…だけど違った。さあ大変」
「奴らは実力主義で這い登ったようだな。『虎』も、『龍』も、『鬼』も――『龍』が確か傭兵あがりだったんだっけ?」
「そんな噂はあるけどね~。ただの誇示だったかもしれない」
「どちらでもいいな、そんなん。…それで残り二つのグループは恐れおののいたわけだ。下っ端からボスまで」
「…それで?」
「『鬼』『龍』の頭は姿をくらました。さすがにヤバいと思ったんだろう」
「いやあ、そのぐらい最初から考えるでしょう…むしろそれまで警戒なさすぎやしませんか」
「人間ある程度限界突破すると慢心するんだろ。そんなわけで『虎』の残党が暴れたり狩られたり逆襲され、それも落ち着いてきたとき――」
それはまた起きたと。
「今度は『龍』の頭が殺された。四年前か?」
「うん、そう」
「ぼちぼち表に出てもいいだろってなったんだろうなぁ。それで残ったのは『鬼』だ」
「……」
このまま話を逸らすかと思っていたが、ちゃんと回答はしてくれるようだ。
「『鬼』は――所長が殺した、んですよね?」
「…一応な。だが、それは俺だけじゃない。もっと別の人間がいた」
別の人間?
「誰だったんですか」
「知らない。名前も聞いていないし、あっちも俺をきちんとみていたかどうか」
多少のひっかかりは感じた。
だけど、他の人間がいたんだ――。所長一人で壊滅なんて無理があるもんな。
「で…やることはやって、さあ帰ろうってなったら重症のあんたが倒れていた」
「はあ!?」
めちゃくちゃ杜撰に僕が登場した!
そんな落とし物みたいに!
「そのまま放置しておくのも夢見が悪いから、病院に突っ込んで、そしたら記憶喪失だよ。馬鹿にしてんのか」
「どうして僕は逆切れされたんですか今」
「まあ、あたしもケンちゃんから聞いて知っているのはそこらへんかなぁ。補助しかしてなかったからね、あたしは」
言葉裏に『答え合わせする人間はいない』ということか。
つまり、所長が説明をわざと省いているか、嘘をついている。
でも、そうか――。
一体どこの帰り路で発見されたかは分からないが、『鬼』になにかしらのかかわりはあったのだ。たぶん。
何をしていたか見当もつかないが――もしかしたら僕も、『鬼』の首を狙っていたのかもしれない。
ふと思い出す。
長谷が『鬼』のメンバーだったなら、その知り合いだとにおわせている姫香さんは何者なのか……?
「姫香さんはどうなんですか? 『鬼』と…なにが?」
これには百子さんも、咲夜さんも所長を見た。
六つの視線の中で所長は狼狽えずに言い切った。
「姫香は関係ない」
口調こそ穏やかではあったが、声音は拒否的だ。
それを感じ取って僕はこの話題から身を引いた。
まだ何かを隠してはいるようだが、もうこれ以上は聞かせてもらえないだろう。所長の口はけっして軽くないのだ。
所長の真意に気付いた時が、『僕』の終わりなのかもしれない。




