二十話『報告会』
「うまく処理できたとさ」
「昨日の、ですよね?」
「そ。あの雑居ビルはしばらくは貸し出せないが、リフォームされてしまえばまた誰かの手にわたる。今度は平和的使用を祈るね」
所長がつまらなそうにペンを回していた。
一夜明けて、事務所。
姫香さん以外みんな揃っている。彼女は夕方に退院だそうだ。
「思ったんですけど…隠ぺいできるなら僕たちに汚れ仕事させなくてもいいのでは。渡会さんだって使える人いるでしょう?」
「あいつには残念ながら俺たち以上に汚れ仕事を請けてくれるパイプがない。そのおかげで迷惑こうむったわけだが」
「やっぱりこの事務所ってそういう仕事も受けるんですね…」
たまにやんちゃな組とやんちゃはしてきたけど。
もしかしてそういうのも渡会さんから流されてくるのか。
「誤解しないでね、ヨヅっち。ケンちゃんが所長の立場になってからは…殴り合い以上のことは受けてないの。すべての元凶は先代所長だったりする」
叩けば叩くほど埃がわんさか出てきそうな人だな!
「なんたってそんな人の元についたんですか…」
「話すとながーい事情があってね~?」
「俺の気分も乗らないからパス。もういいだろ、あのバカの話は」
心底嫌そうな顔で所長は会話を戻した。
「――生きていた連中はクソジジイのほうで捕獲。どうなるか知らないが、関係ないだろう」
まあな。僕たちには関係のない話だ。
これから先関わりさえなければ生きていても死んでいても別にいい。
「闇に葬られたってことだ。今まで犠牲になった人間も、スナッフムービーも、不完全燃焼ではあるが――もう、俺たちに出来ることは無い」
「それでいいんですよ」
咲夜さんがお茶を含む。
いつもなら姫香さんが淹れるのだが、当の彼女がいないのでジャンケンで僕が淹れた。普段よりおいしくはない。
「生きたいのであれば適度なところで手を引くのも賢い手段です」
「……そうだな」
咲夜さんとのやり取りでは珍しく、所長は大人しく苦笑いをしていた。
さすがに面食らったのか咲夜さんは目を大きくする。それほど普段からピリピリしたやりとりしかないってことなのだが。
そんな中、百子さんが挙手をした。
「はーい。今回の事件の補足いる人?」
「あっ、ほしいです」
「正直分からないことがいっぱいですからね」
「なにか調べてきたのか」
口々に情報の提示を求めると「よかった~」と言いながらパソコンを操作する。
「えっとね。結局死んでたのは婚約者だったって」
「ああ…やっぱりですか」
姫香さんを攫い、裁ちばさみで刺されていた人。
そして名前も最後まで出なかった不遇の人である。
「すさまじい経歴でね。二回警察のお世話になってる」
「え!?」
「なんでも他人の苦しむ顔が好きな性癖で、恋人にDVとか首絞め行為をしていたみたい。そう考えると、これは…」
「趣味の延長、ってわけかね」
なんで三原志さんはそんなのと付き合ったんだろう。人とは分からないものだ。
婚約まで交わしたんだから上手く化けの皮をかぶっていたのかも。
「うん、拗らせに拗らせた結果がこれかもねえ。婚約した――それすらも偽装かもしれない――相手を殺させて、それを見て、楽しむ」
「悪趣味っすね…」
「しかもそれを親に見せて泣き叫ぶ姿を特等席で観覧していたわけだ。たまったもんじゃねえ」
胸糞悪そうに所長はそう吐き捨てる。
それからお茶に口をつけ「まずっ」とつぶやいた。今度言ったら毒仕込むぞ。
「彼についてはここまで。これ以上詳しくなってもしかたないしね~?」
「どうして死んでいたのでしょうか」
「もう証言者もいないから憶測でしかないけど…ヒメちゃんを独り占めしたかったんじゃない? その長谷って人が」
「独り占めしたくて殺すって頭おかしいですね…」
「頭おかしくなきゃスナッフムービーなんて作らないよ」
そりゃそうだ。
「そういえば姫香さんとその長谷はどんな関係だったんでしょうか。だって姫香さんを…」
食べるぐらいでしたから。
そういうのは百子さんが苦手なことに気付いてあいまいなまま続ける。
「あと、なんかお嬢お嬢言ってましたけど」
「……さあ。お友達だったんじゃねえの」
「兄なのに知らないんですか」
「おにーちゃんが妹の事なんでも知っていると思ったら大間違いだぞ」
「どんどんはぐらかし方が雑になりますね」
「……」
図星だったらしい。
「…俺も分からないことがあったから聞きたかったのにお前がさっさと殺すから」
「うっ、それは」
それだけはなんとも言いようがない。
「…昔なじみなんだろ。再会した時にはすでに仲良しでもなんでもなかったみたいだが」
「そうなんですか?」
「じゃなかったらお前にあそこまでさせてないだろ。もうあいつのことはどうでもよくなってたんだ…ほんと、嫌な女だよ」
考えによっては姫香さんが間接的に僕に始末させたってことにならないか。
殺るのは別に僕でも所長でも誰でもよかったんだろうが。過程ではない、死んだ結果だけが彼女は欲しかった。
だから僕を止めなかった。最後までやらせてから、無駄な行為をする前にやっと止めた。
仮に推測があってたとして、代理で殺したことについては気にしない。
どんな理由でも殺意に従ったのは僕でそれを他人になすりつけようとは思わないからだ。
だけど、人を使い、殺させるほど長谷が嫌いだったのかは気になる。
ーーいくら昔は友達でも首と耳たぶカプカプされたらキレるか。
それともなにか彼女にとって、話されたら拙いことでもあった?
ーー待てよ。
「…所長、長谷を見た時に『鬼』って単語出してましたよね」
「……」
僕が気絶したあと、なんだかんだで聞けなかったけど。
今だって頭が痛くなり始めている。
どうして僕がその名前を聞いただけで気絶するほどの反応をしてしまうのか、考える必要があった。
「…『鬼』って、なんですか? もしかして僕が記憶をなくしたのはーーそこが関わってませんか」
所長「これ本当にマズイわ…もはや天才かよ」
僕「頭から流すぞ」




