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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
二章 スナッフムービー
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十九話『病院に行こう!』

 それから、二時間ぐらいが経った。

 病院の外にある喫煙所で、僕と咲夜さんと百子さんはぼーっと星を眺めている。

 とはいっても一等星ぐらいしか見えないし星座も読めないから本当に眺めているだけなのだが。さっき無謀にも数えようとして精神的疲労を味わった。


 あれから、所長が電話して十分後にはそこらにいそうなお兄さんたちが僕らを回収し、あれよあれよという間に病院に置いていった。そこから先は自分で帰れとのことらしい。

 すでに話は通されていたか、すんなりと姫香さんと女性は処置室に通され、ついでに僕も放り込まれた。

 手に怪我をしているのを看護師さんは見過ごしてくれなかったのだ。おかげで今僕の両手には包帯が巻かれている。今晩のシャワーどうしろっていうんだ。


 確かに素手で人を殴ったから怪我はしている。医者によればケンカの際の怪我で問題なのは傷口に入ったかもしれない相手の血や唾液だという。

 舐めておけば治る――というのは、自分のものだからで。もちろんそれも良くないそうだが、自分の持つ菌と他人の持つ菌はまるっきり違う。

 要するに自分の身体にはない菌のせいで化膿するか悪化するんだそうだ。

 だから洗い流すなり消毒なりなんなりして菌を落とさなければならない。


 僕はすんなり終わったが、女性は脱水症状がみられ姫香さんは出血とそこからの感染が心配されるために一日ほど入院することになった。

 姫香さん、首噛まれていたしな。念には念を。


 そんな感じで慌ただしく治療は終わっていった。

 どうして僕らは外にいるのかといえば、面会時間はとっくに終わっている時間であり、さらに大人数でいると迷惑だと家族の所長以外追い出された形になる。


「まっず」


 パクってきた煙草を吸いながら咲夜さんはつぶやいた。

 だったらやめればいいのに、苦い顔をしながら紫煙を吐く。


「夜弦さんも吸います?」

「今しがた不味いと言ったものをあげるんですか…」

「いえ。逆にちょうどいいかと思いまして」


 そこで区切り、また喫む。


「血の匂い、鼻についてませんか」

「……」

「私は嫌いなんですよ。ずっと鼻の奥にこびりついているんです」

「だから、ごまかしているんですか?」

「そうです。幽霊の代わりに、錆びた臭いには追いかけまわされています」


 そう言って苦笑した。

 百子さんは何も言わずに僕らの話を聞いている。


「僕は…大丈夫です」

「ならいいですけど。余計なお世話でした」

「いえ」


 強がりではない。

 ただ、何故自分がここまで冷静でいられるのかということが不思議だった。

 骨が捻じ曲がる感触。肉を打つ感触。それらがまだ手に残っている。

 それでも、何とも思わなかった。


「…もしも記憶が戻った時、僕は僕でいられるんでしょうか」

「哲学だねぇ」

「今ですら僕は自分の行いに罪を感じていないんです。もし記憶が戻って――そしたら、実はすっごい冷酷な人間で、みんなを殺してしまうなんて事もあり得るかもしれませんよ」


 咲夜さんがぎくりと息を止めた。

 一方で百子さんは穏やかに笑っている。


「そしたら『今』のヨヅっちに賭けるしかないね~。あたし、頑張って「目を覚まして!」っていうからその時はお願いね」

「目を覚ましたからそうなるんじゃないでしょうか…」

「分かってないなぁ。ロマンだよロマン。…でも、そっか。怖いんだね」


 そうなのかもしれない。

 思い出して、今の僕が手に入れたすべてを記憶が戻った僕が壊してしまうのが怖いのかもしれない。


「まあ、その時はその時だよ~。ちゃんと説得してみせるからさ」

「どこからその自信が」

「じゃあ私は物理的に止めますから」

「こわい」


 百子さんに説得されながら咲夜さんにボコボコにされてしまう。


 …殺したくないなぁ。

 過去の自分が何を思っていても。


「おう、待たせた」


 所長がファイルに入れられた書類を片手に出て来た。


「ヒメちゃんは?」

「寝た。命に別状はないが…多分傷は治らない。耳たぶも、欠けたままだ」

「そっか…」


 若い女性には酷だろう。

 当の姫香さんは気にするか分からないが。


「詳しい話は明日。とりあえず今日は解散だ、おつかれ。――サク、それ一本くれ」

「はい」


 さすがに咲夜さんは火をつけてあげるサービスはしなかった。

 彼は肺一杯に満たすぐらい煙草を吸い――


「まっず」


 苦い顔をした。そんなにか。




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