十八話『食われた』
「ああ、おかえりなさい。無事に済んだのですね」
管理室。
咲夜さんが椅子に座ってややげんなりとした様子で出迎えた。
全体的に弛緩した空気が漂っている。こっちはたいしたトラブルはなかったようだ。
「…なんだその状況」
トラブルはなかったが、珍百景はあった。
百子さんが首に抱き着き、(無事に)目覚めた女性が咲夜さんの腰に掴まっている。
ちなみにもともとのこの部屋の主は部屋の隅で転がされている。彼だけではなかろうか、穏便にボコされたのは。
「まあ、なんです…懐かれました」
首のとある部分(大きな血管あたりだと思う)をきゅっとされたのにか。
まあ、手際よく気絶させたのだろう。それに実際救助してくれた恩人だもんな。そりゃこうなるか。
「あれだな、ここだけ見ると女を侍らせてるラスボスみたいだ」
「どうしてラスボス扱いなのか納得しかねます…」
それはいつもの所長のおちょくりだから気にしなくてもいいと思う。百子さん男だし。
仮にラスボスならもうちょっと妖艶な雰囲気が欲しいけどな。胸もお尻もささやかだから。
当人に言ったら間違いなく酷い目に合うので心の宝箱にそっと封じておく。
恨みがましげに百子さんは僕を見る。
「まさか首をねじるとは思わなかったよ」
「あれも駄目なんすか…」
「ねじれた瞬間の表情すごかったんだよ~! 世紀末漫画の描写でもギリギリなんだからねあたし!」
前に所長に貸してもらったアレか。あの、主人公が熱中症で倒れるところから始まるやつ。
…確かに暴力シーンは多々あったけど…。それはさすがに耐性なさすぎないか。
じゃああの長谷ってやつにやらかしたことは黙っていよう。部屋に防犯カメラなくてよかった。
「無事に集合できたことですし、帰りたいところですが…こんな一行がぞろぞろ歩いて注目されないわけがないですよね」
わしわしと腰にしがみつく女性を諦めたように撫でながら咲夜さんは一同を見回す。
僕は血が付着してるし、姫香さんは危うい格好な上に怪我をしている。女性も辛うじて羽織りものを身体に巻き付けているだけだ。
死体から剥ぎ取った服を着せるのは抵抗があるしなぁ。最悪それも考えに入れないと駄目なんだろうが。
それと女性がめちゃくちゃとろんとした目をしているんですが大丈夫なんですかね。惚れてるとしか思えない。
「『ハロウィンでーす』でどうにかなんだろ」
「ケンちゃーん、今六月六月~。ハロウィンだったとしてもどうにもなんないよ」
「どうにかしてみせる。街をハロウィンにすりゃいいんだ」
「…馬鹿じゃねえの」
あまりの悪ふざけにさすがの百子さんも素が出た。
それに気がついたのか「あー」と一瞬視線を泳がして仕切り直す。
「そこら辺は渡会のクソジジイを使おうと思う。あとは掃除屋だなあ」
「掃除屋?」
「普通の死体じゃないからな。秘密裏に処分してもらう」
そっと咲夜さんが女性の耳を塞いでいた。
縛り上げられている管理人はガタガタ震えているけどあれはどうでもいい。
「そういうのってあれでしょう? ン十万の金を積まないと云々とかあるんじゃないですか。お金あります?」
「ツルも言うようになったな! …古いお友達だから友情価格だ。ジジイからも取るし。先代の人脈を使わないといけないのは腹が立つが、わがままも言ってられない」
先代所長の実態が怖いんだけど。
スナッフムービーの仲介人やら掃除屋やらどれだけ闇の世界に友達いるの。
もしかしたら城野探偵事務所は僕が思うほどクリーンじゃないのかもしれない。
今しがた二人殺ってきたぼくがいうことじゃないな。
「そっからの情報規制はジジイの仕事だ。でもまずは迎えに来てもらわないと」
それまで抱きかかえていた姫香さんをここで初めて下ろして所長はスマフォを取り出した。
嫌々操作するところを見るに本当に苦手なんだろうな。
「あれ、ヒメちゃん…首と耳たぶ、どうしたの?」
抱きかかえる所長の側に傷があったために見えなかったが、下ろされたことによりそれらが露見してしまったようだ。百子さんが眉をひそめた。
疑問に思うのも仕方がないが、どうかショックを受けない感じでマイルドに表現してほしい。
咲夜さんは離していた手をもう一度女性の耳に当てた。あちらの対策は万全だ。
「食われた」
なんてことないように姫香さんは短く言った。
百子さんからたましいが抜けたのが、見えたような気がした。




