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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
二章 スナッフムービー
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十六話『スイッチが入ったら』

 血で出来た足跡は、ご丁寧にまっすぐ一つの部屋へと向かっていた。

 所長は胡乱げに鼻を鳴らし、囁いてくる。


「ここか?」

「罠じゃなければ、そうでしょうね」


 あまりにわざとらしすぎて罠を疑うが、死体放置している時点で警戒もクソもないよな

…。

 それに僕たちには手段がないのだから素直に騙されるしかない。


「そうだ、所長。入る前にこれを」


 手持ちの中で扱いやすそうな銃器(もの)を渡す。とはいっても、事務所から持ってきたものだしある程度は所長も使えるかもしれないけど。

 武器を持って駆けつけたのが僕と咲夜さんだけだったので当然のことながら所長は丸腰だ。

 何も言わず受け取って装弾を確かめると、ふっと小さく息を吐いた。


「余計な気は回さなくていいからな」

「…? どういうことですか」

「俺は」


 所長はドアの向こう側をにらみながらノブを握った。

 さっき見たのと同じような、特殊な形をしたノブだ。防音用のものだろう。


「自分の復讐のために人を殺したことがある」


 そして、僕と同じようにドアの隙間に銃を撃ちこんだ。全弾使う勢いで。頼むからちゃんと考えて使ってくれ。

 音が反響してわんわんと耳の中でこだまする。


「まあ、だから俺の代わりに殺すとかそういうのは考えなくていいぞ」


 別に、僕はそのようなことを考えはしないのだが。

 しかしわからなくもない話だ。『代わりに殺す』というほど大きな借りは無い。万が一にでもそんなものは作りたくないのだろう。

 妙なところで律儀な人だ。


 ただ、繊細とはいえないな。

 繊細だったら向こうから攻撃が来るかもしれないということも考えずに所長は元気よくドアを開けはなったりしない。

 このハゲ…!



 目に飛び込んできたのは、手術台のような台とライト。

 傍らに立つ一人の男。横になっている白い肢体。


 遅れて嗅覚が動く。錆びた血の匂い。その中でも新しい血の匂いがした。

 ――いったい誰のものだ。

 いやまて、僕はどうして嗅ぎ分けられる。まるで|嗅ぎ慣れているようではないか。


「ヒメを返してもらうぞ変態野郎」


 情報の洪水に沈みかけた意識を、怒気を孕む所長の声が呼び戻した。


 はっとして焦点を合わせると、気弱そうな男があわあわとしていた。

 まさかこいつが事の発端であるスナッフムービーを作ったボスなのだろうか。

 だったらさっきの『龍王』のほうがまだしっくりくるというか…。


見た目で・・・・判断する・・・・なよ・・、ツル」


 僕の思考を盗み見でもしたのか、所長は男から目を離さず低く唸る。


「全盛期の『鬼』はなんの能力もない人間を組織に入れやしない」

「『鬼』って…」


 幾度となく繰り返される組織の名前。

 いったいどれほどの力を持っていたのだろうか。

 そしてそれが壊滅しただなんて、誰がどうやって――。

 待てよ、渡会さんはなんて言っていたっけ?


「なん、なんだよ!?」


 ひどく狼狽えながら、男は怒鳴る。


「もしかして、あそこに連れ戻しに来たのか!? お嬢はオレを釣る餌だった!?」

「連れ戻す? 馬鹿を言うな、分かってるだろう。『鬼』は死んだ。あんたが望もうが戻るところはない」


 死んだ。

 そう、死んだのだ。

 どうして?

 殺されたから。


 所長が壊滅させたと、渡会さんが言っていた。

 おかしい、でも、なんだか、僕も知っているような気がする。


「『鬼』が消えうせたからあんたはのうのうとスナッフムービーを売りさばいた。違いないな?」

「ぶ、部外者が何を騒いでるんだよ! 邪魔をするな、この日をずっと待っていたのに!」

「面倒くさいなあんた! そこの女は俺の義妹いもうとだ、文句あるか!」

「いもうとって、いもうとってなんですかお嬢! あなたはどうなってしまったんですか! 誰ですか、こいつらは!」


 所長が言葉通りに面倒に感じたのか切れた。

 そして男が喚き散らす。


 誰って。

 僕は、僕は――誰なんだ?


 駄目だ。哲学なんてやっている暇なんてないだろう。

 頭痛、また頭痛だ。

 歯を食いしばりながら男の視線を追う。


 どうして最初に気付けなかったのか、台の上には姫香さんが横たわっていた。

 眩しい光に照らされて身体は輝いている風にも見えた。

 目は開いている。呼吸もしている。良かった、死んでいない。


 ただ、よく見てみるとその首筋に赤い線が垂れている。どうしたらあんな傷が。

 それに耳たぶが赤く染まっている。

 それだけじゃない。ーー欠けている(・・・・・)


 ふーん。そうか。


「ちょっと、おい、ツル!? 待て、もう少し抑えろ! まだ聞き出さないといけないことがある!」


 姫香さんがゆっくりと首を回す。そして、僕と視線が交差した。

 

「あ…」


 懐かしい人と重なった。

 その人は死んだ。

 静かになって戸を開けた僕が見たのは、あんなふうにこちらを真っ直ぐに見ている生首だった。



 カチリとスイッチが入る音が、頭のどこかでした。

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