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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
二章 スナッフムービー
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十五話『チェンジ!』

 気を取り直して、ドロップキックで倒れたままの人の襟首を掴みあげる。

 ぐぇとカエルが潰されたような声を上げながらじたばたするが僕はそう簡単に離してやるつもりはない。


「そういや咲夜さん、残り一人は?」

「この人を人質にしようとしてきたので、つい力を込めすぎて――」


 いたずらを見られた子供のように肩をすくめて見せた。


「――肋骨何本か折ってしまいました。あのままなら死にますね」


 肺にまで突き刺さったか。空気抜けるんだっけ。さらに血も流れ込むと溺死になる。

 さっさと殺してあげたほうが苦しまずに済むーーけど、別にそこまで情けをかける人間でもないな。

 所長じゃないがどっちが悪者だか分かったものではない。


「じゃあ使えるのはこの人しかいないってことかぁ…」


 襟が首にきれいに締まっているようでみるみる顔色が悪くなっている。

 このままだとちょっとまずいな。

 床に叩きつけ、僕も傍にしゃがみ込む。叩きつけたことに意味はない。ただ丁寧におろすほどの価値は無いと判断しただけだ。


「すいません、女の子見ませんでした? 黒い服…あー…全裸かもしれない」

「み、み、」

「見てないですか…。仕方ない。咲夜さん、しらみつぶしに探しましょう」

「分かりました。どうしますかこの人」

「拘束するのもめんどいし…死体は動かないですよね」

「みた!」


 元気よく床の上で叫んだ。

 鼻の中でも切ったか鼻血をどばどば出しながら彼は言う。


「長谷さんだ! 長谷さんが女抱えて六階に行ったんだ! 誰も来るなって言って!」

「おお。貴重な情報ありがとうございます」


 初めて役立つ情報を得た。

 これ以上この人に用はないので、要らないことをしないように片足の膝を踏み砕いた。絶叫が響く。

 こんな騒ぎでも女性起きないんだけど。生きているのか本当に。


「外道ですか」

「膝骨折は治るってテレビで言ってましたし」

「マスコミの言うことはほどほどにしといた方がいいですよ」


 咲夜さんにやんわり釘を刺されながら階層ボタンを押す。

 僕たちが最後に使ってから誰も使用していないのでこの階層で止まっていたらしい。エレベーターがチンと軽い音ともに開いた。


『…あのさぁ』


 所長だ。


『あんたらが好き勝手やるせいでモモ吐いたんだけど』

「だってそれは所長が《どんな手段》でもって言ったじゃないっすか」

『物事には限度があるわボケ! …それは後だ。サク、チェンジ』

「はい?」

『回収したんだろ、誰がわかんねぇけど。そのまま一階に来い。俺と交代だ』

「理由が分かりかねます。このまま彼女をエレベーターに乗せて、一階で所長が預かればいい話ではないでしょうか」

『話がしたいんだよ。その、は…はせ…長谷って奴と』


 僕と咲夜さんは顔を見合わせる。


「知り合いですか?」

『まったく知らん。だが、聞きたいことがある。あー…できればツルが一階待機のほうがやりやすいんだけどな』


 何故かお払い箱にされたぞ。


「別に待機でも僕は文句言いませんけど…」

『やめとく。いざというとき一人で判断できないだろ、あんた』

「うっ」


 事実その通りである。

 いざって時に百子さんと女性を連れて何とかできそうもない。


『よし、サク、俺と交代。モモとその女性の護衛』


 咲夜さんは不満を言いたげな表情をしたが、時間の無駄だと悟ったのか諦めたように「はい」と返事をした。

 それからエレベーターに三人で乗り込んで一階に。咲夜さんと、待っていた所長が入れ違いになる。

 剣呑な雰囲気が一瞬流れたのは気のせいだろうか。


「待ってますので」


 咲夜さんの姿が細くなり、僕と所長の二人っきり密室が出来上がった。

 何が楽しくて背の高いスキンヘッドと並ばないといけないんだろう。


「つらい」

「なんだてめぇ文句あんのか」

「所長と二人っきりとか罰ゲームですよね」

「文句しかねえのか」


 途中階で止まることもなく、無事に最上階――六階にたどり着いた。

 ここのどこかに姫香さんがいる。あれが嘘じゃなければ。

 相変わらず静まり返った空気だ。

 幽霊はあまり信じないけど、こういう雰囲気だとちょっといるのではないかと疑ってしまう。


「先行きましょうか」

「頼む」


 今度は僕が先導して踏み出す。

 トラップの類は――ないな。

 むしろもう少しトラップを仕掛けたほうが良かったと思うんだけどね。セキュリティに過信しすぎ。

 まあ、まさかセキュリティ突破してここにいる人間ボコボコにしてまわる馬鹿がいるとは考えられなかったんだろう。僕だってそんなの考えないもん。


「あ、これ…」


 赤黒い何かが床にかすかにへばりついている。

 まだ靴底に付着していたのか。幸運だ。


「なんだ」

「四階で見たのとおんなじです。もしかしたらこの先に――」

「――ヒメがいるってことか」


 指先で触れてみればまだ粘度はある。新しくもないが、古くない。

 血は奥の方に続いている。


「何が起きても動じない覚悟は?」

「まだ少し」

「俺もだ。ま、ヒメならなんとか生きてるだろ」


 あの人、悪運がカンストしてるってレベルで強いですもんね。


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