十四話『グギュリ!』
五体満足なのは残り三人だ。鎖骨を折った人は泡を吹いているから聞き出そうにも聞き出せない。
三人もいれば一人ぐらい知ってるだろ。
「咲夜さん、女性を頼みます」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
男である僕が行って余計に怯えさせても悪いし、正直言ってこういう時は強い人を救助に向かわせた方がいい。
自分の力はそこまで過信できない。というよりは誰かを庇えるほどの技術は無いのだ。
そういうのはきっと、『経験』がものを言う。記憶のない僕には無謀である。
さて、こっちも早く終わらせないと。
僕は拳銃を構えなおそうとして――
「!」
手が蹴りあげられる。拳銃がすっぽ抜けて宙をくるくるとまわるのがやけに遅く見えた。
視界の下に、黒頭巾を取り去ったひげ面の男が映る。
こいつらから注意を逸らしていたわずかな時間で僕に近寄ったというのか。
目の前に現れた脚を掴もうと考えかけ、即座にそれをやめて後ろに反る。
顎があった場所にもう一本の脚が生えた。
ひとつの動作から次に移るスピードが速いなオイ!
両足を完全に上げたひげ面は、倒立のようにして身体を支える腕をバネのように縮ませ、跳ねた。
靴底が僕の顔に迫る。
今度は避けきれず腕で顔を庇ってもろに衝撃を食らう。そのまま廊下に飛び出した。
ごろんごろんと転がり勢いを利用して体制を整える。
あっちもちょうど立ち上がったところだ。
これで若干不利な状況からは抜け出すことが出来たが、しかしどうしようか。
相手は恐ろしく攻撃が早い。悠長に拳銃なんか取り出していたらその隙に頭を叩き割られる。
咲夜さんのほうにこのひげ面が向かわなかったのは良かったけど。だとしてもまだ二人残っているはずだし、うまく切り抜けられるかな。
とりあえず今は自分の心配をしたほうがよさそうだ。
そら、蹴りがきた。
床に這いつくばって回避。それを見越していたか頭を踏み潰さんと足が振り下ろされたので横に転がり、素早く立ち上がって距離を置く。
「この『龍王』の攻撃を耐えるとはなかなかやるな。どこの組織だ」
ひげ面がなんか言ってきた。
「『龍王』? …『龍』?」
ズキリと頭が痛む。
『鬼』を聞いた時ほどではないが、気持ちの悪い頭痛だ。
「なんだぁ? ここまで来た人間のくせに知らないのか」
「知らないっていうか…知名度が低いのでは?」
どうも裏社会の人間みたいな扱いを受けている。
実はただの探偵ですよなんて信じてもらえるだろうか。でもなあ、探偵なんてグレーな職業だしその認識もそこまで間違っていないというか。
…拳銃持って殴りこんできた人間のことをノーマルとは言えないか。
「知名度が低い、か…」
低い声で僕の台詞をリピートされた。
やばいな。無意識のうちに地雷を踏み抜いてしまったらしい。
そこまで『龍』だかなんだかに誇りを持っていたのだろうか。持っていたんだろうな。そうでなかったら『龍王』とかめちゃくちゃ恥ずかしい二つ名名乗らないもんな。
指をぽきぽきさせながら殺意の塊は近づいてくる。
「俺があの時あの場にいればよぉ…侵入者だかなんだかだって捻りつぶしていたのによ…」
何の話をしているのやら。
ぽかんとしている僕を置き去りに、ひげ面は勝手に怒りゲージを上げていく。
「『龍』は! 『鬼』よりも『虎』よりも強かったのにどうして!」
咆哮しながら腰が落とされた。
ひげ面の二の腕から肩の筋肉が盛り上がる。
殴られたら、痛そうだな。
予備動作から即座に二歩進む。僕との間があっという間に埋められた。
びゅん、と風切り音と共に拳が放たれる。
どれもこれも無駄のない動きだ。
だけど、ワンパターンな攻撃すぎる。威力はあるけど先は読める。だから回避ができてしまう。
真っ直ぐにやってきた拳を腕でいなして、ひげ面の腹を蹴る。
そこを支点にひょいと向かって左肩に上った。天井が近い。
「なんというか」
僕の重さで身体が傾く前に両手でがっちりとひげ面の頭を掴む。
首を百八十度回した。
グギュリ! とあまり気持ちよくない音が聞こえる。
「後ろ向きなのはだめでしょ。前を見ないと、前を」
物理的に後ろ向いてしまったけど。主に僕のせいで。
崩れ落ちる身体。
その寸前に離脱して床になんとか着地する。
やれやれ。何か情報を持っていそうな雰囲気はあったけど手加減どころかこちらが危なかったので殺してしまった。
…殺して、しまった。
ほとんど迷いもなく。
そしてーー特にそのことに反省はない。人が死んだんだぞ。だからどうした。死んだのは他人であって僕ではない。
ため息をつく。この一年半ちょっとで学んできた常識と僕の倫理観には変な溝がある。
僕は一体何者なのか。
「アアアァァアーー!!」
呑気に考えごとしていたら奇声をあげて部屋からあの二人のうちの一人が飛び出してきた。
まずい、ここで逃がしたらめんどくさいことになる。
馬鹿なのかエレベーターホールに逃げたその人を追いかけて、距離が縮まったところでドロップキックをかます。
受け身が取れずに床に激突するハメになった。痛い。
「ありがとうございます、夜弦さん。怪我はありますか」
「これといってないみたいですね。…その人はどうしたんですか」
ぐったりとした女性を抱きかかえて咲夜さんが部屋から出て来た。
その身体には咲夜さんの上着が掛けられている。
見た感じ外傷はなさそうだ。
「心配ありません。気絶してもらいました」
「ああ、そりゃこんなところで意識を保って……え?」
「いくら私でも一般人の目の前で人殺しするのは躊躇いがありますからね。首のとある部分をきゅっと止めると、」
「いやいやいやいや」
『いやいやいやいや』
それまで空気を読んで黙っていた所長と同調した。
「その、後遺症とかは…?」
「平気ですよ。たぶん」
多分じゃ困るんだよなぁ…。




