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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
二章 スナッフムービー
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十一話『潜入/エレベーター/遭遇』

インターホンと暗証番号を入力する台が置いてある。

 そしてこの自動ドアを通らなければ管理室(それか守衛室)にも行けない。

 セキュリティは万全ってことか。こうでもしないと酔っ払いが入り込んで来たら大惨事になりそうだし。


「管理室から誰か見てる?」

「いない」

「おっけーおっけー。ちょっと通りのほうに誰か立って。目隠しに」


 台の下には鍵穴がついている。

 不思議な形状の棒を取り出して百子さんは穴に突っ込んだ。

 がっちゃがっちゃ揺らすと鍵穴が緩み、もう一ひねりすると扉が開いた。

 なんだあの棒…どう考えても流通してはいけない類のものなんですがそれは。


 ともあれ、御開帳すると素麺みたいに色とりどりのケーブルがぶら下がっている。

 ノートパソコンに有線のケーブルを取り付けると画面いっぱいに意味の分からないポップアップと数字やアルファベットの羅列が現れる。百子さんは慌てずに一つ一つ潰していった。


「五秒後にオープン。五、四、三、二、一、はい今」


 宣言通りに自動ドアが開いた。

 僕たちは急いで入り込む。普通ならもっと余裕があってもいいはずなのに思ったよりも早く閉じてしまった。

 誰か締め出されても内側から開ければいいんだけどね。


 入ってすぐに小さな窓口がある。マンションにあるタイプと同じようなものだ。

 所長はズカズカと歩いていき、ガラス戸を叩いた。


「はい?」


 警戒も何もなく窓口は開かれて中からひげをだらしなく伸ばした男性が顔を見せる。

 後ろからにぎやかな音が漏れたのを察するに、テレビでも見ていたらしい。

 そりゃあこんなところに入ってくる人なんて限られているからな。ただの案内人としておかれているのかもしれない。

 心底めんどくさそうな顔をした男性はまず所長を見、それから後ろに控えている僕たちを見て一瞬の間があったのちに異常を察知し顔色を変えた。

 慌ててガラス戸を閉めようとして、しかしそれは敵わなかった。

 所長が手で押さえていたからだ。


「ひっ!?」

「少し前にゴスロリを着た女が来なかったか」

「ゴ、え、ゴス、えっと」

「黒いドレス風の服を着た黒髪の女が来なかったか聞いているんだよ」


 言い直した。多分ゴスロリって単語は分かっているのではないかと。

 ただ単に自分の状況の整理と所長のいかつい顔にビビっているだけだろう。


「い、いや、見てないっす! 自分、ここにいるだけでいいって…」

「あー、ずっとテレビ見てたのか。もっと業務に集中しろっていうか…雇い主がそれでいいって言うならいいんだろうけどさ」


 うんざりしたように所長は毒つき、空いているほうの手で男性の顎を掴んだ。


「あんたには興味はない。おとなしくここの扉を開けるか、このまま顎を砕かれて秘密を保つか。選ぶのはあんたの自由だ。どっちだ」


 管理室のドアが開かれたのは、それから数十秒後のことだった。



『聞こえる?』


 耳に付けた小型の無線機から百子さんの声が漏れた。

 咲夜さんが事務所を出る直前に引っ掴んできたものだ。おかげで時間のロスが少なくて済む。

 当の彼女は横でジェスチャーでボリュームを落とすように指示してきたので慌てて手探りで下げた。


 事前の作戦通り、管理室には所長&百子さん、救出担当は僕&咲夜さんだ。

 さっきの男性は適当に縛りあげて適当に管理室のどっかに転がっている。関与がなければ開放するつもりらしいが、今離してトラブルを起こされても困る。


「ばっちりです」

『よし。監視カメラから探ってるけど……四階がちょっと気になるんだよね』

「何が気になるんですか?」

『画面の色が緑で構成されてるから分かりにくいんだけど、多分血痕が…』


 その言葉は気分が良さげではない。

 血痕も駄目か。


『というかカメラの数に対して監視するテレビが一個とか杜撰だよ…。数秒ごとに一個ずつ画面変わるの非効率過ぎない?』

『文句言っている場合か』

『あ、二階。パソコン弄っている人間が二人いるよ』

「何してんすかね」

『編集作業じゃない?』


 そこは一旦スルーしよう。

 雑魚の掃除に時間をかけた結果姫香さんが死んだりなんかしたら悔やんでも悔やみきれない。

 エレベーターのボタンを押そうとして、咲夜さんが慌てて僕の手首をつかんだ。彼女は手袋をはめているはずなのにやけに硬い感触のする手だ。


「どうしました?」

「エレベーターが動いています」

「え」


 間抜けに回数表示を見れば、確かに動いていた。それも下がってきている。

 隠れる場所を探したが、一階フロアは遮蔽物も段ボールもましてや柱の陰もない。整理整頓、凹凸のない美しい空間だった。

 というかこれ、僕たちが無事に隠れたとしても下りてきた人が管理室まで行くとあの二人がヤバいのでは。


 咲夜さんは壁に背をつけて腰に下げてあるナイフの柄を手にした。

 エレベーターが開いた瞬間に襲うつもりか。よし、足手まといにならないようにしよう。


 だが、運命の女神は何が気に入らなかったのか邪魔をしてきた。


 一階の奥の方にある、赤ペンキで『非常階段』と書かれているドアが突然開く。煙草のにおいも一緒に流れて来た。


「あ?」


 どう見てもカタギとは思えない男性は僕たちを見て眉をひそめた。

 季節を先取りにした半袖から伸びた腕には大人の落書きがぎっしりひしめいていた。


「誰だてめーら」


 同時にエレベーターの到着音がして、しずしずと扉が開かれた。

 中に入っていたのは眉毛まで金色に染めたどう見てもカタギとは思えない男性(二人目)。


「…なんだおめえ」


 あまりのタイミングの良さに眩暈すら覚える。

 百子さんたちも無線機の向こうで小さく『うわぁ…』とつぶやいた。

 とりあえず、聞かれたからには名乗ろう。


「えっと…探偵です」


 そう言ってエレベーターから登場してきた男性の胸倉を掴み、足払いをして、投げ倒した。

 いわゆる背負い投げである。

 硬い床でやると相手の背骨や腰を痛めるが、それは、ほら、柔らかい床を用意しないのが悪いということでひとつ。


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