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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
二章 スナッフムービー
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十.五話『DID』

DIDーー「囚われの姫君」の意

 瞼の裏まで刺すような光がふっと途絶えた。

 ぼんやりと漂っていた意識がそれをきっかけに纏まり、姫香はゆっくりと目を開ける。

 それから冷たい台に寝かせられているということを数秒かかって認識した。


「お目覚めですか、お嬢」

「…長谷、か」


 手術室のライトのような光源を背に自身の顔を覗きこんでいる男。ある程度予想はしていたので迷わず名前を口にした。

 姫香をここに連れて来た人間は見えない。

 今ここにいるのは、彼女と長谷だけらしかった。


 起き上がろうとしてそれができないことを知る。

 かろうじて動く首を巡らせば手足首をベルトで戒められていた。

 薄さむいと思えば当然だ。身体には一切衣類を身に付けていなかった。

 恐怖に悲鳴をあげることも怒りに任せ怒鳴り散らすことなく、彼女はなるほどとそのまま受け入れた。


「結構な、歓待だな」

「あれぇ、もう少し驚くかと思いましたが」

「何年、あの男、の、おもちゃ、やっていた、思っている」


 感情のない平坦な声で応えれば男は嬉しそうに破顔した。


「ああ懐かしい。オレを逃がしてくれた時から変わっていませんね。いや、言葉は増えましたよね?」


 にこにこと、愛おしげに姫香の頬を撫ぜた。

 指先をそのまま首筋に滑らせて肋骨の凹凸をなぞり、へそのところで指を離した。


「あの頃の貴女は話すことを・・・・・禁じられて・・・・・いましたからね・・・・・・・

「……」

「一年…半年ほど前ですか? あの方が死んだのは。ではまだちゃんと話せないか」

「どうする、つもりだ」


 姫香は不愉快気に話題を変えた。

 どこに転ぼうが明かるい話などあるはずもないのだが。


「解体、して、録画、するか? これまでの、女たち、ように」

「…? あっ! もしかしてお嬢、見てくれたんですか? 光栄だなぁ。どうして気づかれたんですか?」

「声」

「あはは、照れますね。声は変わりませんからね」


 本当にうれしそうに長谷は言った。

 雰囲気としては同窓会で昔の話で盛り上がるような。

 だがその中身は平穏なものでは無く。


「解体の仕方が汚いっていわれたときはショックでしたけど、あれから頑張って成長したんですよ!」

「……」

「ながーく生かすこともできていたでしょう? 逃げてから、隠れて頑張ってたんですよ」

「…うまく、なっていた、な」

「わあ! ずっと待ってましたよぅ、その言葉!」


 子供のように長谷は喜ぶ。


 果たして、その裏で。

 何人殺したのかーー。


「あの方は、『鬼』は死んだ。聞くところによれば皆殺しに近い状態だったようですが。お嬢、よく生き残れましたね」

「……」

「もうオレは怯えなくてすむ。素晴らしいです、自由なんだ」


 懐かしい少女にあったからか長谷の口は軽い。

 さすがに怨恨の多い組織『鬼』の一味だとは今迄言えなかったのだろう。

 下っ端だからと言っても憂さ晴らし出来れば身分などどうでもいい。それほどまでに恨まれていたのだ。

 『鬼』の執拗な手から逃げ切り、敵対組織の目に入らなかったのは奇跡に近い。


 ーーそれがいま、崩れていることを彼は自覚しているのか。

 姫香の存在は、長谷が手放しで喜ぶほど軽くはない。


「二度目、ないぞ」


 長い瞬きの後にぼそりと姫香は呟いた。

 その言葉に長谷はきょとんとする。


「二度目? もうお嬢の助けはいりません。『鬼』は死んだ」

「……」

「二度がないのは、お嬢のほうですよ。ねえどこから傷をつけられたいですか? 傷をつけるなんてもったいないなぁ、でも楽しみだ」

「……」

「命乞いとか言わなさそうですよね。そんなキャラじゃないし…あ、でも言ったら言ったで興奮するかも」


 上気した顔を姫香に近づける。

 そのまま横にずれて、がり、と少女の首筋に歯を突き立てた。


 赤い鮮血が白い首を流れる。


「頑張ってゆっくり殺しますからねーーだから、お嬢も頑張ってゆっくり死んでください」


 痛みにわずかに目を細めながら姫香は小さく息を吐いた。

 光は強すぎるぐらいなのに、彼女の瞳は深く深く濁っていた。



 ーーもし城野がその表情を見たならこう評しただろう。

 ーー「呆れ果ててやがる」。




 『鬼』が殺されたというのなら、『鬼』を殺した人間がいるということに彼はいつ気付くのか。

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