十話『さあ行こうぜ』
一時間も立たずにつくことが出来た。咲夜さんがぶっ放していたのもあるが。
姫香さんの乗った車と目的地がてんで違うところだったらどうしようかと思っていたがどうやら杞憂に終わったようだ。
場所的には歓楽街――そろそろ夜に向けて町が目覚めるころだ。道行く人たちはバイク二人乗りなど珍しくもないのか全く目を向けない。
身体に取りつけているものが取り付けているものなので注目されたらまずかったが(一応羽織ものは着ている)、都会の無関心さに助けられた。
目的地より少し前のところで見慣れた人物が立っていた。僕たちに気付くと手を振る。百子さんと車はどうしたんだろう。
咲夜さんの運転するバイクから飛び降り、ヘルメットもそのままに駆け寄る。
「ようツル」
「どうも。――どんな状況ですか」
「ついた時はすでに中に入った後だった。婚約者の野郎も出てこない」
険しい顔をしながら、簡単に事実だけを彼は述べた。
「ヒメは相槌を途中まで打っていたがそれも着く頃にはふっつり無くなった。やはりというか、飲み物に睡眠薬系が混入されていたようだ」
「……」
「というかあいつが相槌なんて珍しい。俺たちに意識の有無を知らせてたんだろう」
分かって睡眠薬を飲んだのだとすれば、なんという命知らずだろう。
目覚めたとき僕たちがそこにいるとも限らないのに。
よほど信頼と自信に満ち溢れているか、逆になにもかもがどうでもいいのか。
今は、彼女の気持ちを考察している場合じゃないか。
「内部の様子は分かりましたか」
咲夜さんがヘルメットを外しながら聞く。
「一階にはいない。エレベーターを使って十秒弱でついたから…モモのデータによればあれは六階建てっつーことだし、連れていかれたのは三階から上だな」
「思ったより低いですね、階層」
想像していたよりも小さい。
音が漏れないのだろうか。
「ちゃんと防音はしてるだろうさ。それにこういう街だ。騒音に紛れて分からねえよ」
それで、と所長はわずかに後ろを見る。
視線の先には目的地のビルがある。古びた、どこにでもありそうな建物だ。
「現在ヒメはどうなっているかはさっぱりだ」
「…盗聴器がばれましたか」
「いいや、バレてはない。が、仕込んでいた服がどこかで脱がされたようだ。本体がそこからどこに行ったか不明になってしまった」
「脱がされた…!?」
「それも丁寧にじゃない。切り裂いてだ。帰すつもりは――ないようだな」
全裸で張り付けられた女性を思い出す。
背中に冷たいものが走った。
「お話している場合じゃないよ~」
「モモ。車は」
「そこの駐車場に置いてきた。んで? 正面突破する?」
真っ先に咲夜さんが同意を示した。
変にコソコソするよりはその方が手っ取り早くて済むだろう。
だが所長が首を振った。
「オートロックだ。入れない。非常階段とか使わないと」
「ふふん、あたしを誰だと思っているの〜? 電子機器は得意だよ」
ノートパソコンをいれたバッグを見せながら彼女は笑う。
そんなことまでできるというのか。すごい。
「あたしは戦えないけど、その分他のところで動くよ。管理室。どうせあるだろうから押さえてほしい」
「え? なんで」
「防犯カメラが取り付けられているならそれを見て指示が出せる。なくても今のご時世機械制御だもの、しっちゃかめっちゃかに出来るよ」
百子さんは魔法使いのようにくるくると指を回す。
「大丈夫。何をやらかしたとしても、あたしの手の届く範囲ならすべて空白の出来事にしてあげる」
まるで僕たちが何をするか見通しているようで気まずかった。
でもこれで一切遠慮しなくて済むというわけだ。
上着越しに銃を触る。どこか懐かしい感情が胸に溢れた。
「モモの護衛には俺がつく。悪いがあんたたちの動きにはついていけないしな。ツル、サク。それでいいか」
「了解です。危うくなったら逃げてください」
「百子さんだけ一人にさせられませんからね…。任せてください」
「うん、じゃあ行こうか」
行こう。
世話のかかるお姫様を救い出しに。




