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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
二章 スナッフムービー
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八話『荒い仲裁/婚約者』

 恐る恐る事務所を覗くと所長と百子さんが額を抱えてうずくまっていた。

 先に入っていた姫香さんはこの状況を眺め、僕を振り向き怪訝そうに首を傾げる。

 僕だって聞きたい。


「…何が起きたんですか、これ」

「ああ夜弦さん。面倒だったので、こう、ゴチンと」


 咲夜さんは手を広げ、それを狭めるというジェスチャーをしつつ説明してくれた。

 …ふたりの頭を衝突させたってことか。

 とても痛そうな図であるが、結果的に静かになったのならそれでいいのかな。いいってことにしておこう。


「この石頭…」


 毒つきながら先に動いたのは所長だった。しぶとい。


「サクももっと平和的に解決できないのか…」

「いいですか所長。短時間で人を黙らせるには暴力ですよ」

「ゲスか」

「もうちょっと手加減してほしかったかな~」


 だいぶ落ち着いた声で文句を垂れつつ、おでこを擦りながら百子さんも復活した。

 気持ちが冷めたのだろう。沸騰しかけたお湯を鍋ごとぶん投げてむりやり妨げた感じであるが。

 とりあえず今はかしらに冷静になって貰わないと僕たちが困る。


 いや、それでも力づくな感じもするけど。横目で咲夜さんを見るとにっこりと笑みを向けられた。

 文句があるなら次はお前だぞって目だった。怖いので見なかったことにしておく。


「依頼を受けることは、もう仕方ないね。確かにご両親が気の毒すぎると思っていたし」


 ため息をつきながら百子さんは乱れた髪を手櫛で直した。


「ただヒメちゃんを行かせるのは絶対反対だよ」

「…こいつの身内なんて俺だけだ。それに本人が良いって言ってる。それでいいだろう」

「あたしがよくない。どうしてそんなに命を粗末にするの。そんなのはもう先代だけで――」


 言いかけてはっとして百子さんは口を噤む。

 所長の目が大きく見開き、どこか彼方を瞳に写していた。過去を見ているかのように。


「所長?」


 異様な雰囲気に、僕はそっと呼びかける。

 二、三度瞬きをして所長の意識がこちらに帰ってきた。


「ああ、いや…。俺たちの目に触れたからには、俺たちも無関係なわけにはいかねえんだ」


 何事もなかったように話を進めだした。

 それでも今のは誤魔化しきれるものではないだろう。

 と、いうのを胸の中だけで考えていたつもりだったのだが僕の顔にそっくりそのまま書いてあったのか所長が苦笑いした。


「後でな」


 …きっと話してくれない。

 だが子供のように駄々を捏ねて話を先延ばしにさせるわけにもいかないので頷いておいた。

 いつだったか百子さんが言ったように彼は過去に触れられることを嫌がっているのだ。わざわざ後で話してくれるわけもないだろう。


「三原志ちきこのことを考えよう。スナッフムービーは両親宛に届いた。愛娘の最期を映したな。嫌がらせ以外の何物でもない」


 畜生にも近い行いだ。


「犯人は身元は隠しているとはいえ、ムービーを見たご両親が警察に行く可能性を考えなかったのか? …結果的に何故か除けられたわけだが。渡会(クソジジイ)の話も含め、そこまで計算をしていたとする」

「…警察の中にもグルが?」

「それはあとにしよう、ツル。さて問題はその次だ。三原志夫妻は探偵に頼った」


 そしてーー冗談とせずにちゃんと応じた。


「スナッフムービーも探偵の手に渡った。さて諸君。どうする? そこまで見越していたかは不明だが、スナッフムービーが外部に行ってしまった」


 先ほどまでの深刻な空気が嘘だったように、所長はニヤニヤと笑った。


「探偵は嗅ぎまわるかもしれないな。警察じゃないんだ、多少非合法な事もできる。正直邪魔だ」

「……」

「ではその探偵をどうすれば、製作者達は今まで通り安心してスナッフムービー作りに精を出せる?」

「……」

「……」


 姫香さんが手を上げた。


「はいヒメ」

「いなくなれば、いい」

「その通り」


 それしかない、か。依頼を受けた探偵を消してしまえばあと腐れがないはずだからだ。

 買収なんて信用ならない。懐柔なんてもってのほか。

 だったら殺せばいい。死人に口なし、金もかからない。

 ――なんならその過程を録画して売り出してもいい。


「…つまりもう逃げられないってことかな? あたしたちが依頼を受けたと知られたら最後ってこと?」

「推測だ。だがあり得る話だ。いまだこちらに手を出さないのは、所在が分からないか、探偵に頼ったという情報を掴んでいないか――」

「もう所在は分かっているでしょうし、情報も掴まれているかもしれないですよ」

「何?」


 あ、所長の発言遮ってしまった。

 だが怒らずに先を促してくれたのでお言葉に甘えて。


「本物の方は警察に回収されたんですよね?」

「そうだな」

「で、手元にあるのはダビングであると」

「ああ」

「でも本物の方は回収されるとその時は思っていたんでしょうか」

「さあ…そこまでは知らないな。なにも娘の死亡動画を身近に置きたいとは思わないと思うし」


 うー、気付かないかなぁ。

 僕も気づいたのがさっきだから偉そうに言えないんだけど。


「回りくどくなりました。はっきり言います――なんで婚約者はスナッフムービーをダビングしたんでしょう?」

「……」

「どの程度まで製作者と関わってるかは分かりませんが、多分僕らにとっては敵ですよ。その婚約者」


 もしも関係者なら最悪だ。

 ただの視聴目的だったならまだいいが。いや、それもよくないな。

 婚約した相手のスナッフムービーを見るなんてどんな神経しているんだ。


 所長、百子さん、咲夜さんが言葉をなくす中で変わらぬ表情のままゴスロリの少女が口を開いた。


「なら、行く。婚約者、ところ。確かめに」



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