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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
二章 スナッフムービー
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七話『ケンカはやめて二人を止めて』

 ご老人が襲撃したり僕が昏倒した日の、翌朝。


「それで、どうなったの?」


 百子さんが目を吊り上げている。ベタであるが、普段温厚な彼女…彼…か…彼は怒ると怖い。

 原因はどう考えても昨日の、姫香さんが行くと言ったこと。そしてそれに対する所長あにの対応である。

 あろうことか「お前がそれでいいなら」とかなんとか発言してしまったのである。


 体裁だけでも止めておいたほうが良かったのに彼は変なところで正直すぎた。

 所長と姫香さんは義兄妹とはいうが互いに遠慮しているように見えないので、所長の言葉には僕は驚きはしなかったが。そういう人だし。


 長くなったが、そんなわけで百子さんは静かにマジキレしていたのである。

 で、慌てた所長が「じっくり考えさせるから」として今日に持越ししたというわけだ。


 できるだけ百子さんと目を合わせないようにしていた所長はあきらめたように顔を上げた。

 共犯の姫香さんは下にいるために、怒りを一人で受け止めなければならないことを悟り深くため息をつく。


「潜入ってことでひとつ」

「この、クソ、馬鹿!」


 百子さんは一句ずつ区切りながら拳を固めて顔面にパンチを食らわす。

 その寸前で受け止めながら弁解を始めた。


「待て、ちゃんとヒメと話し合った! 話し合ったんだよ!」

「結局行かせるんか!」

「危なくなる前に回収すればいいんだ!」

「なにその『負けたくなければ勝てばいい』っていう感じの精神論!」

「大丈夫だって!」

「安心できないよ!」

「たまにはこういうところで役に立ってもらわないとって思うだろ!」

「なに言ってんの! 仮にも妹でしょうが!」

「うわぁクズですね」

「たまげたなぁ…」


 口々に批判してみるが、はて。姫香さんがそこまで行く理由は何かあるんだろうか。

 確かに彼女は命知らずなところがあるけれど、勝手に飛び出していく無鉄砲な人ではないと思う。…一か月前、遺骨ペンダントの時はやらかしていたけど。


 所長は何かをくみ取って所長はGOサインを出したのかもしれない。

 そしてそれを僕らに言わないということはふたりの間に知られたくないものがあるということか。


 今それ聞いてもいいかなぁ。

 不味そうだな。


「夜弦さん? どうかしましたか」


 不思議そうに咲夜さんが声をかけて来た。

 まだ二人は取っ組み合い寸前の言い争いをしている最中である。


「あ、いや…とりあえず本人も連れてきたほうが良いかなと」

「そうですね。どう収拾付けましょうかこれ」

「後は、頼みました」

「あっひどい」


 ごめん咲夜さん。僕にはその二人を止めることはできない。

 心の中で謝りながら事務所から無事に脱出した。



 姫香さんはいつもの外に置いてある椅子に座っていなかった。

 中を覗くとふわふわのハタキで埃をはたいていた。

 なんというか、とても絵になる。


 時が止まったような薄暗い店内の中で、姫香さんだけが動いていた。

 当たり前か。生きているんだから。


「姫香さん」


 呼びかけると手を止めこちらを見る。

 仮面をかぶったような無表情が咲夜さんなら、姫香さんは人形のような無表情だ。

 何を思っているかも掬い取れない無機質な表情。

 

「あの…まあ、動画関係のことで。めんどくさいと思いますけど、ちょっと上に来てくれますか」


 首を振られたらどうしようかと思ったが、存外素直に姫香さんは頷いた。

 ハタキを置いて、ドアの付近に掛けられている看板を『用件がありましたら上まで』と文字が書いてある方にひっくり返す。

 そのまま、いつも通りに僕の前を通過していくと思ったら違った。


「夜弦」


 真ん前で立ち止まり、うつむき加減で僕の名を呼ぶ。

 頭一つ分身長が違うのでこうなるとどんな顔しているのかが分からない。


「助けてくれる?」


 どういうシチュエーションかというのは予想できた。

 スナッフムービーを制作しているところへ入って、帰れなくなったとき。その時に助けてくれるか。そう言う意味だと受け取った。

 だから、僕は即答した。


「もちろんですよ」

「私、裏、知ったとしても?」


 今度は即答できなかった。

 どういう意味だ?

 「私が裏を知ったとしても」――というのは何か変だし、「私も裏で」…違うな。


 …『私の裏を知ったとしても?』


 姫香さんの裏って、何のことだ。隠していることがあるというのか。

 いや、なにかを隠していることはとうの昔に分かっていることだ。秘密を抱えているということを薄々僕は勘づいている。


 もしかしてその秘密につながることか?

 僕が知ったら、助けてくれないと――そういう内容のもの?


「…姫香さんは、一体…?」

「まだ」


 そっと彼女は僕の唇に指をあてた。ひんやりとした、細い指だ。

 ゆるゆると輪郭をなぞられる。


「でも、いずれ知る。その時まで」


 いずれ来る未来に僕は何を知るというのか。

 混乱する僕を置いて、姫香さんはいつも通りに先に上へあがってしまった。

 

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