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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
二章 スナッフムービー
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六.五話『殺したいくらい愛してる』

 まだひんやりとした空気の中に初夏のにおいが混じっていた。

 城野はどこをみるともなくぽつぽつと明かりのつく住宅街を眺めていたが、背後でDVDレコーダーが作動する音を聞くと窓を閉じて鍵を閉め、ブラインドを降ろした。


 他の所員はとっくに帰った午後七時。

 これから城野と姫香が見ようとしているのはスナッフムービーだ。

 捜査官、田原まきのが死ぬ過程が納められたもの。

 いちおうテレビは内側を向けているが、何があるか分からないので外からは一切見えないようにする必要があった。

 昼間よりも夜のほうが室内の様子は見やすい。


 結局昼間は見ることが出来なかった。

 椎名百子ほどではないが、いくらなんでも続けて殺人動画を見るのは精神衛生に悪すぎる。

 若手二人は大丈夫そうな顔をしていたが。素性・・を知っていれば特に不思議な事ではない。


「本当に行くのか、あんた」

「……」


 話しかけた義妹は何も言わずに再生ボタンを押せばすぐ再生できるところまで設定した。

 最初に触った時は壊す勢いだったのに慣れたものである。


 ーー先に潜入する役を買って出たのは姫香だった。

 当然というか、全員から止められた。反対する夜弦たちに城野が「翌日までじっくり考えさせる」と助け船を出してその場は収まったが。

 どうせ一晩かけても答えは変わらないだろう。


「確かに相手の警戒心を削ぐにはあんたしかいないだろう。だが――悪いが、サクやツルでもなければあんなところから自力で逃げられる気がしない」


 むしろ自力で逃げられる方がおかしいとは思うのだがそれは無視した。

 わずかに笑みを含んだ声音で姫香は唇を動かした。


「にいさん、だって。行く気、でしょ」

「…そりゃあな。あんなに憔悴しているご両親だとか、いろいろ借りのあるジジイに頭を下げられたら…知らんふりはできねえだろ」


 すでに他のメンバーにも考えていることは察されているにちがいない。

 百子も嫌がってはいるがなんだかんだで協力はしてくれるだろう。そういう奴なのだから。

 五人のメンバーの中では人の道を盛大に外してはおらず、一番人間らしい人間ではある。だが、純粋な正義の味方ではない。

 でなかったら一年七か月前、組織『鬼』への襲撃など実現できなかった。


「モモが調べてくれた情報によると、確かに妙な失踪は増えている。だがソレとの関係は不透明。しかし、時期が時期だ」


 姫香は頷く。


「スナッフムービーが一年から二年の間に活発化したこと――。組織『鬼』の壊滅と被るのは気のせいか」


 今度は首を横に振った。

 それを見るとうんざりした顔で城野は嘆息した。


「なんでまだ『鬼』に悩まされなきゃならねえんだ…根拠はあるんだな?」

「ある」


 姫香は再生ボタンを躊躇いなく押した。


 渡会の言っていた通りに安っぽい婦警のコスプレ衣装を着させられてエックス型の磔台に繋がれていた。

 誰かの警察を批判したセリフに男たちの下品な笑いと田原の泣き声が被る。


『それでは裁判です』


 三原志のときとは違う男の声が言った。


『被告人の罪状を!』

『死刑だ』『極刑だ!』『死刑しかない』『やってしまえ』


 口々に男たちが喚く。声の違いから、どうやら五人ほどいるようだ。


『じゃあ今回はオレがやるかぁ』

『マジっすか』

『お前この前すぐ殺したじゃねえか』


 やはり体のあちこちに詰め物をして体形をごまかした、黒ずくめの人間が出てきた。

 手にはカッターナイフ、もう片方にはライター。

 両手を大仰に広げて見せて、男は言う。


『それでは視聴者様(・・・・)ご希望・・・にお応えして』


 真っ直ぐにカッターで田原の腹を突き刺した。


『ギャア、アア、イタァアア! いたい!』

『おっと、じゃあ止血しないと』


 ライターの火をかちりとつけると、おもむろに傷口を焼いた。

 音量をミュートぎりぎりまで下げているのにじゅっと小さな音がしたのは気のせいだろうか。


「ああああが、グガアああ!!」

『うん、血も止まったね。まだまだ行きますよー』


 そうして他の場所をざくざくと切り刻んでいく。

 皮膚を剥がしてみたり、肉を切り落し、思い出したように焼いていった。

 どうやら骨が見えるところまで生かしたまま削ごうとしているようだった。


「あいつ、我慢強く・・・・なった・・・


 くすくす・・・・笑いながら・・・・・姫香はつぶやく。

 出来の悪い生徒の頑張りを見ているような、とてもスナッフムービーに向けるとは思えない感想だった。

 それを嫌悪に満ちた目で城野は見る。


 この少女はそういう人間なのだ。

 趣味でもなく、愛好家でもなく、ただそのままの意味で『面白い』のだという。

 子供が悪役が倒されたのを喜ぶように、姫香は無邪気に笑う。


 壊れている――。

 生まれた時からなのか、それともどこかでそうなってしまったのかは城野は想像できない。

 だがそれを考えずとも異常者であることは間違いがなかった。


 さすがに他のメンバーの前で笑うのは避けたようだが――

 それでもしばらく口を隠していたのは歪んだ唇の形を元に戻すことがなかなかできなかったからだろう。


「こいつを知ってるのか。…声だけだが」

「知ってる」

「…『鬼』の一味だったやつなんだな」

「昔は」


 含みを持たせた言い方に城野は額にしわを寄せた。


「どういう意味だ。あの組織は足抜けなんか絶対に出来なかったはずだぞ」

「私、逃がした。十二歳、時」


 城野としては初耳のことだった。

 つまり、十二歳の時にはすでにあの狂った暴力組織にいたことになる。

 外見からしてざっと十年はあそこで生きてきたということだ。


 悲鳴が途絶えた。田原の意識が途絶えだようだ。

 しばらく視線を外しているうちに右腕は骨が見え始めていた。ところどころカットしているのかもしれない。

 他の人間が気付け薬らしいものを嗅がせる。果たして効果はあるのか。


「…組織『鬼』がなくなったから、のびのびとムービーを販売できるようになったということかよ」

「おそらく」


 見つかれば死は免れない、恐ろしい組織がボスごと壊滅したのだ。

 息をひそめた生活から解放された、ということかもしれない。


 城野は唇を噛んだ。

 間接的とはいえ、この馬鹿をここまではっちゃけさせてしまったのだから。

 さっさと叩きに行くしかない。


「――つぅことはなんだ、あんたが行っても殺される危険はないということか」


 いわば命の恩人だ。

 快く出迎えてくれる可能性もある。


 だが予想を裏切って姫香ははっきりと首を振った。


「殺される。こいつ、私、好き。ずっと、言ってた。殺したいぐらい、好き、って」


 彼女は平然とした顔で言っていた。

 城野は何も言えずにただ姫香を見るしかなかった。


 脅威の存在『鬼』が居なくなったということは――である姫香を殺したとして、それを責める絶対的存在が居なくなったということに他ならない。

 そのことを分かったうえで姫香は行くと言ったのだ。その発想は、自己犠牲というよりも狂人のそれだった。


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