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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
二章 スナッフムービー
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六話『抹茶プリン378円(期間限定)』

 それまでのきつく締められるような雰囲気が嘘だったかのように弛緩した。

 あんぐりと口を開ける僕をみて百子さんはクスクスと笑った。


「それだけあたしの女装は完璧だったってことかな?」


 隣にいた姫香さんを抱き寄せてVサインなんかして見せる。

 一見すれば仲のいい姉妹のようだ。


「事情は伏せておくよ。今は関係ないし、その時でもないからね」


 恐らくは地声の、いつも聞いているよりも低い声を出した。

 思えば何かに夢中になったりしているときは低音になってはいたような。


「その…百子さんの百子さんは?」

「百子さんの百子さんはばっちりあるよ。完璧に女の子になろうとは今のところ思ってないからね」

「そうっすか…」


 なんて反応すればいいのか分からないので無難な返事で終わらせておく。

 ハスキーボイスの体格のいい女の人だと思ってたんだけど。もしかして僕が鈍感すぎるんだろうか。

 記憶喪失のせいか。おのれなんか昔に遭った事故め。そういうことにしておこう。


「ただいま帰りました…なにかありましたか」


 スマフォ片手にややげんなりした顔で戻ってきた咲夜さんは場の空気に違和感でも感じたのか小首をかしげる。


「百子さんが男性だって知ってた…?」

「ああ。初対面の時に聞いたら説明されました。…まさか気付いていなかったのですか」


 呆れ半分、驚き半分のまなざしに僕のハートはブロークンだ。

 だって化粧バッチリしてロングヘアにスカート履いてくる人を男だと疑うほうが失礼じゃないか…。

 

「ちなみにサクは胸は無いが女だ」

「このハゲ野郎」

「スキンヘッドと言え」



 いつも通りの所長と咲夜さんのひと悶着はあったものの、ようやく落ち着いて話ができる体勢になった。

 隣の席の咲夜さんが僕に書類を僕に寄越してきた。

 なんだろうと思いながら目を落とすと、どうやらあの渡会さんが持ってきた捜査員のプロフィールのようだ。


「もう私たちは見たので」


 僕が気絶している間にだな。

 学歴や経歴を見てもどのぐらいすごいのかは悲しいことにさっぱりなので適当に読み飛ばしていく。読み飛ばしすぎてあっという間に終わった。

 …どうしよう。ここから分かることが特にない。

 家族構成と、出身地と、あとは柔道の段とか。でもそんなこと知っても今回に役立つのだろうか。

 だって、話の通りだとするのならば彼女はもう死んでいるのだから。

 せいぜい写真を見て「綺麗な人」ぐらいしか感想がない。


「その情報、名前と写真以外は俺たちに一切関係ないから熱心に読んでも意味ないと思うぞ」


 なかったのかよ。

 僕が目を上げたのを確認して所長が口を開く。


「あのクソジジイが俺に嘘をつくメリットはないからとりあえず本当だと信じよう」

「頭下げるぐらいだもんねぇ」

「それで、依頼を受けるかどうかの話なんだけどな。――サク、そっちどうだった?」


 頬杖をついていた咲夜さんは手袋をつけているほうの片手を振って見せた。


「ええ、もう大笑いですよ。よほど気に入られてますねあなた。『好きなようにやっていい』と」

「ほう。じゃあ」

「私は自分の意思で動きます。私を納得させてくださいよ。それで行ってもいいって思ったら行きます」

「モロゾフの抹茶プリン」

「うっ」


 ちょろすぎる。さすがにプリンで釣られてはいけないと思う。

 と、いうより咲夜さんは咲夜さんで他に所属しているところがあるのか。

 所長はそれを知っているならたいした問題ではないとは思うが。気になるものの、こういうのは深入りするとろくな目に合わないのでとりあえず今はスルーする方向で行く。


「モモは?」

「いや~、積極的には行きたくないかな。ごめんね」

「逆にあんたが行きたがったら怖いってもんじゃないぞ。ツル」

「別に断る理由もないですし。僕を納得させてくれたらですけど」

「プッチンプリン」

「価値が下がってる!」


 咲夜さんの真似をしてみたらこの仕打ちである。

 いや、おいしいけどさ。おいしいけど納得いかないだろこれは。


「…口ぶりからすると、所長受ける気なんですか?」

「あー…。うん、まあ、とりあえず全員の意見聞いてからだな」


 絶対所長の中で考えまとまってるだろ。百子さんは嫌そうな顔をしたが何も言わない。

 それはどうせ後で話すだろうし、あとは残る一人の意見だ。


「…ヒメは」


 どことなく躊躇うように所長が姫香さんに視線を移す。

 その問いには答えず、彼女は所長の席に置いてあったDVDを指さした。


「それ。見る」

「捜査官の? …見ても三原志とほぼ同じだと思うが…」

「見る。確かめる」

「確かめるって、何をだ?」


 姫香さんは何も言わなかった。

 わざと黙ったようだ。


「もしかして――知っている人がいるんですか」


 姫香さんは僕の顔をわずかに見て、また前を向いた。

 首肯するように顎が動いたのを、僕は見逃すことが出来なかった。


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