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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
二章 スナッフムービー
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四話『るいとも』

 殺された、と。

 ご老人は何の感慨も感情もなく言い放った。


「…また物騒な話ですね」

「だろう。そんなわけだ、話ぐらいは聞いてくれないかね」

「忙しいのでお帰りくださーい」

「ちょっと冷たいんじゃないのか」


 扉を閉めようとする所長、それを足で押しとどめるご老人。

 唖然とする僕たちの横で、百子さんは頭が痛そうに額に手をやった。


「暖かさを求めているなら他をあたってどうぞ!」

「あたりようがないからここに来たんだよ!」

「俺たちになにしろってんですか!」

「だからそれを話すためにもとりあえず中に入れろって言ってんだこのクソガキ!」


 いい歳した大人が何してんだ。


 最大の犠牲者、扉がぎぃぎぃと悲鳴を上げる。蝶番頑張れ、超頑張れ。

 ちょいちょいと身振りで百子さんが姫香さんを呼ぶ。素直に従う彼女と僕たちに聞こえるぐらいの音量で百子さんは囁いた。


「あの人ね、あたしたちの知り合いなの〜。警察の人ーー本物だよーー。正確には先代の腐れ縁?」


 先代所長の知り合いか。

 口ぶりからしてそれなりに長い付き合いなんだろう。

 じゃなかったらあんなことするわけないもんな…。


「どうせ最終的にはケンちゃんが折れるから来客の準備して」


 もう分かり切っている、そんな顔だった。



 予想通り、所長が折れた。


 今は応接間のように作った空間で二人が対峙している。

 本来なら所長の隣に百子さんが座るのだが、今回だけはこっちに避難してきた。雰囲気に耐えきれないらしい。

 威圧感と緊張感がピリピリと肌を舐めていく。

 姫香さんは我関せずと言った風に普段通りに二人にお茶を差し出した。


 ご老人は遠巻きに見守る僕たちを一瞥し、また所長に視線を戻す。

 言わんとしていることを悟ったのか所長は肩をすくめた。


「奴らなら信用できます。危ない橋を渡ってきた仲間ですからね」


 すごい爽やかなドラマがあったように説明されたが、実際は渡らされたというか。しかも鉄骨のような足場の悪い橋だからな。

 ご老人は納得したように一つ頷いて口を開いた。


「まず前提として、スナッフフィルムについては知っているな?」

「はい」

「それが存在しているものであり、世の中に出回っている――と。嘘のように聞こえるがとにかくそうだと信じてほしい」

「信じますよ。綺麗な世界なんて存在しませんしね」


 信じるも何も、ついさっき視聴したばかりだ。


 だが所長は多くを語らない。

 相手の出方を警戒しているのだろう。変に情報を開示したくないようだ。

 いつものおどけた話し方でもない。

 やりにくい類いの人みたいだ。天敵とかそういう感じ?


「こちらからいくつかお聞きしましょう」

「いいとも」

「捜査官が死んだというのは? どういった状況で?」

「スナッフフィルムに『出演』していた。死亡は確定だ」

「……」


 所長は口を噤んで険しい顔をした。


 一生に一回限りの出演、か。


「話を遡ること四か月前。都心のマンションで孤独死をした年寄りの部屋を専門の掃除屋が片づけているときにスナッフフィルムを見つけた」

「ほう」

「マンションはマンションでも、高級マンションだ。金持ちだったんだよ。趣味だったんだろう」

「それで警察に届け出が?」

「まだだ。それが一度売り飛ばされたんだ。値段は不明だが、ま、数カ月は遊べるぐらい稼げただろうな」


 と、いうことは掃除屋も中身を見たということだろうか。

 そこで警察に届けず売ろうと考えるのは神経が図太い。それともやはりそういう嗜好を持ち合わせていたのかもしれない。

 価値があるものだと分かったから売ったのは確実だ。


「だがその買い手が麻薬のバイヤーだったんで、摘発を受けて家宅捜索をされた際に、いくつかのスナッフムービーが出てきたってわけだ」

「間抜けですな」

「その中に掃除屋から買い取ったものも出て来てな、どういうことだと問いただしたら素直に吐いた」

「もしかして、少し前にあった神奈川での麻薬押収のことですか。ニュースになってましたね」

「そうだ」

「しかしスナッフムービーの類があったなんて一度も――あー。隠しましたね」


 恐らくは百子さんの言葉を思い出したんだな。

 『報道されるものがすべてではない』。

 そうだ、その通りだ。

 誰も知られて不味いものを表に出そうと思うわけがない。


「話が早くて助かる。隠された。一部しか知らない話だ」


 ご老人はお茶を含んだ。


「…そっちはなんで知ってんすか」

「馬鹿野郎。十数年前ならいざ知らず、あれから何度かわしも出世してる。そこそこ高い地位にいるわ」

「おめでとーございます。…で、そっからどうして捜査官が云々ってなるんですか?」

「それだ」


 バッグから書類らしきものを取り出した。

 履歴書かな。

 ここからは写真が見えないが、あの危険地帯に近寄るのはやめたい。後でこっそり見るか。


「突然だ。突然、女性捜査員に任務が与えられた。いわゆる囮捜査だな」

「……理由は?」

「わしは上から直々には聞いていない。彼女は直属の部下でもないが、まあ昔に世話をしたよしみで教えてもらえたよ」


 もう一枚、乱暴にちぎり取ったような紙を取り出してテーブルに乗せ、所長の方へ滑らせた。


「行かされた先だ」

「…そんなん渡されても知りませんよ。それで? どんな理由で送り込まれたんです」

「『違法団体が麻薬を使っているので潜入し調査されたし』。彼女は、一人で(・・・)行った。な、おかしいだろ」


 素人目からしても異常だ。

 たった一人で行動なんて、探偵事務所(ここ)でもやらない。

 危険すぎるからだ。最低でも二人一組が常識だろうに。


「おかしいですね。なぜそいつは断らなかったんですか?」

「断れたら彼女はこうなっていないさ。圧力でもかけられたかね」


 ぐいとご老人はお茶を飲みほした。

 姫香さんはスススとお代わりを注ぎに行く。


「ありがとう。――これがひと月前の話だ」

「んで、送られてきたんですか。それが」


 それ…DVDに目を落とす。

 外側は何の変哲もないものである。


「ああ。散々な死にかただったよ。まさか制服は着ていったわけではないから、そこらで買ったコスプレ用の制服を着せられてまずは目をーーすまんな椎名。苦手だったのを忘れていた」

「…いえ」


 気づけば百子さんが青白い顔をしていた。話に夢中で気がつかなかった。

 咲夜さんが慌てて背中を擦ってやる。


「だがな、彼女は依然として失踪扱いだ。我々には緘口令(かんこうれい)が敷かれている。オマエのところにくるのもずいぶんと大変だったんだぞ」

「なんでわざわざ来るかな…。そんで、どっからこれを入手したんです? ダビング?」

「盗んできた。安心しろ、バレないようにやってきた」

「は!?」

「それで上が慌てればめちゃくちゃ面白いと思って」

「ふざけんなよクソジジイ!」


 やっていることは所長と変わりがない気がする。

 あー…。

 類は友を呼ぶってこういうことを言うんだろうな。


「そういうわけで、警察は機能していない。それどころか下手するとグルの可能性がある。このままだと被害者もフィルムも闇に葬り去られてしまう」


 所長は首をふった。

 拒否するように、強く。


「ーー俺たちには関係ない事だと思うんですけどね。こんな小さい事務所なんかに買いかぶりすぎですよ」

「できるだろう」

「何を? 悪事をリークしろって? それとも世に出回るスナッフムービーを壊して回れ?」

「もっと単純なことだ。肥大した膿は潰さなくてはならない」


 所長が何かを言うより早く、ご老人は頭を下げた。


スナッフムービーに(・・・・・・・・)関わる(・・・)人間を(・・・)始末してくれ(・・・・・・)

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